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本日の練習タイムは飛ぶように過ぎ、宿のチェックアウト時間になった。
荷物をまとめたあと大部屋を片付けて墨の汚れがないことを確認してから、来た時と同じように全員で女将さんや従業員さんに挨拶をした。
ありがたいことに自由行動の間は荷物を宿に預けることができるので、それぞれ必要なものだけ取り出してからお願いした。
外に出たらむわっとした熱気に包まれた。あっという間に汗が次々と吹き出てくる。
色の濃い青にもくもくと浮かぶ入道雲は真っ白で、これぞ真夏の空!って感じ。
自由行動の前にまずはみんなで早めの昼食だ。人数が多いので、宿から十分ほど歩いた場所にある中華料理屋にあらかじめ電話をして席を確保をしてある。
朝食からそんなに間があいてなかったけどメニューを目にしたら腹が空いてきた。俺と寒河江くんは冷やし中華を注文したが、熱々ラーメンにライスやギョーザなどなどがっつり系を選ぶ部員もいた。
さて、食事のあとはお待ちかねの自由行動時間だ。
自由というだけあって全員が海に行くわけじゃない。由井くんと小磯くんは、先生の引率で徒歩圏内にある博物館に行くそうだ。
由井くんは海水浴に興味がなく、小磯くんは去年の合宿で海辺の暑さにやられたから安全策をとったらしい。
そんなわけで、部長の俺は海での引率も兼ねているのだ。
海水浴場から遠ざかる形になったので、泳ぎに行く部員はいったん宿方面へと戻った。
炎天下の中、八人で海水浴場に向かって歩いた。逃げ水がゆらゆらと道の先に見える。
わかってたけど死ぬほど暑い。
帽子を目深に被って意味もなく唸りながら無心で足を動かす。じりじり焼ける地面からの熱が暑さを倍にしている。
しかしようやく海が近づくとみんなの元気も戻った。最終的には小走りになって砂浜へと駆け込んだのだった。
海辺は幸いそれほど混んでない。でも人々の賑わいで活気のある海水浴場だ。
みんな服の下に水着を着込んでいたので、さっさと脱いで海へと直行した。
「海!やばいチョー海!」
「くっそー浮き輪持ってくればよかった!」
「レンタルあるだろ」
「金出しあって一個借りる?」
ヒャッホーとか言いながらはしゃいでるところに水を差すようで申し訳ないが、海に入りたくてうずうずしてる部員たちを俺は慌てて引き止めた。
「あーあーちょっとみんな聞いてー!気持ちはわかるけど準備運動ちゃんとしてねー。適度に休むのも忘れないでー」
「うぃーっす!」
「時間は三時までだから、着替えの時間も考えて遊んでねー」
「はぁーい!」
元気があって実によろしい。もう俺のことなんか見ないで海のほうばっかりに気を取られてるみたいだけど。
全員の荷物の見張り番は俺が引き受けることにした。部長兼引率係は責任ある立場だから仕方ないのだ。
だけど寒河江くんが一緒に荷物番をしてくれるというので全然寂しくはない。ありがとう寒河江くん、さすが俺の彼氏!
砂浜にシートを敷いて傍らに荷物を置く。俺はそこに腰を落ち着け、帽子とTシャツで照りつける日差しを遮った。道の途中で買ってきたスポーツドリンクもこの暑さじゃすぐになくなりそう。
「……あっついね……」
「……ですね……」
隣に座る寒河江くんの水着はサーフパンツで、グレーの長袖パーカーを着ている。さらにフードを被った上にキャップを被せてがっちりガード態勢。
一応パーカーの前は開けてるけどその防御じゃ余計に暑そうだ。
名前のごとく暑さに弱かったりしないんだろうか。
「寒河江くんって暑いのダメ?」
「別にダメじゃないっすよ。ただ、日焼けはできるだけしたくないです」
「なんで?」
「オレ日焼けすると赤くなってあとがツライんで」
「えっ、じゃあ由井くんたちと一緒のほうが良かったんじゃないの?」
「泳ぐのは好きだから。つか、それよりセンパイと同じとこが良かったし」
さらりと返されたその何気ない台詞。今の俺にとっては非常に破壊力がある。恋人といつでも一緒にいたいみたいな意味だよなそれ。
だからそういうの、ホント照れるんだよ。落ち着かなくてソワソワしながら他の話題を探した。
「そ、そっか……あっ、そういえば寒河江くんって納豆嫌いなの?朝、残してたよね。ていうか神林くんに押し付けてたよね」
「あー……嫌いっていうか……、食わなきゃ殺すって言われたら食べます」
「それ嫌いってことだよね」
「世界中で他に食べるものがなくなったら食うっつーか……ほら、最後の砦的な?」
「カッコ良く言ってるけど相当嫌いだね!?」
何故か頑なに納豆嫌いを認めない寒河江くん。
そんなどうでもいいことを話していたら、途中で寒河江くんが何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「そうだセンパイ、忘れるとこだった。あの、十八日遊びに行くって言ってたやつ、微妙に都合悪くなっちゃったんで一日ずらしてもいいですか?」
「次の日に?」
「や、前の日。十七日」
いいよ、と頷こうとして動きを止めた。
遊園地に遊びに行こうと言ってたのはそもそもの目的が彼女作りの一環だったわけで、それを続行してもいいものかどうか……。寒河江くんはどうとらえてるんだろう。
悩んでしまったのを鋭く察知したらしい彼が俺を覗き込んできた。
「その日ダメですか?」
「えっと……あのさ、その、それってもともと俺の、彼女作り計画の一部だったわけじゃん?だから――」
「え?もう普通にデートってことでいいんじゃないんですか?」
違う?と逆に返されて首を振った。そうか、寒河江くんと遊びに行くこともこれからはそういう風に考えていいんだな。
「ち、違いません!むしろそれで!」
「なんだよかった。オレ、一人でスゲー勘違いしてるかと思いましたよ。時間はこの前決めといたのと同じで大丈夫ですか?」
「問題なしであります!」
びしっと親指を立てて頷くと寒河江くんにめっちゃ笑われた。なにがおかしいんだこの野郎。
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