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目覚めは唐突だった。見慣れない天井が視界に映ってぎょっとしたけれど、すぐに合宿中だということを思い出して息を吐いた。
安心して寝返りを打ったところに硬い何かに足をぶつけたので、しばらく痛みに悶えた。

「いってて……」

口に出しても痛みは和らがないし誰の共感も得られないとわかっていてつぶやく。
痛みで完全に目が覚めた。のそのそ起き上がってみれば、みんなはまだ寝ていた。カーテンが閉じているから薄暗いけれど、もう朝になってるらしい。
寝る前、俺はもう少し真ん中寄りの布団に潜り込んだはずだった。それなのに今は何故か布団が並ぶ場所から離れた壁際の畳の上にいる。俺の足が蹴ったのは壁だったのか。
そして掛け布団にしっかりくるまってる状態なのは、寝ながら転がってきたのか寝ぼけてここまで持ってきたのか……。普段はこんなに寝相が悪くないはずなのにどうしてだ。

元の場所に戻ってケータイの時刻を見た。起床は六時半予定だけど、今の時間は五時四十三分。ちょっと早起きしすぎたみたいだ。
二度寝するには中途半端な時間。仕方ない、目も覚めちゃったしこのまましばらく布団の中でごろごろしていよう。
そう決めて布団に潜り込んだら隣から呻き声が聞こえた。
声の主は寒河江くんだ。彼は、んん、と唸って細く目を開け、そのまま何回か瞬かせた。

「……あれ、もう起きてたんですか……?いま何時です?」
「ま、まだ六時前です」
「ふぅん……」

寝起き特有の掠れた声で気怠げに返答しながら枕に顔を埋める寒河江くん。
二度寝するのかと思ってたら、布団からにょきっと腕を出して俺のほうへと伸ばしてきた。
俺の布団を掴んでぐいぐい引っ張るので寒河江くんのかなり近くまで移動した。

「……おはよーございます」
「お、おはよ……」

俺のほうに顔を向けて、寝ぼけ眼のちょっと幼い笑顔で寒河江くんが言う。
――昨日の夜、俺と彼の関係に変化があったばかりだ。
もしかしてあれは夢だったんじゃないかって可能性もなきにしもあらずだったけれど、寒河江くんが布団の中で俺の手を探して指を絡ませてきたので、やっぱり現実だったと実感した。
……いや、あの、俺の手で遊ばないでもらえませんか。にぎにぎしたり親指で掌をくすぐったりされると変な笑い声が出てきて困る。
寒河江くんは、付き合うとなったらやたらとボディタッチが多いというか距離が近いというか、遠慮知らずだ。
彼だけじゃなくて世間的にはこれが普通なのかな。それとも不慣れな俺のためにやってくれてるんだろうか。
どちらにせよ彼氏レベル1の俺はメンタル的な装備が初期状態のぺらっぺらなので、ちょっとしたことで色々吹っ飛んでしまう。
全然嫌じゃないしむしろ嬉しいんだけどね、いかんせん恥ずかしい!

朝の幸せタイムもつかの間、六時を過ぎた時点でそこかしこでアラームが鳴りはじめた。
誰かが目覚ましを切ったと思ったら違うメロディーが流れ、それが消えたら違う場所から音が……という具合に順番に。
そうして徐々に書道部員は目を覚まし、六時半時点でほぼ全員起床した。よしよし、偉いぞみんな!

まだ寝ていた子を叩き起こして朝の支度をしていたら大沢先生が大部屋に来た。
今日も朝からいい天気。この時間からすでに暑く、あちこちからセミの大合唱。
七時には朝食が運び込まれた。炊きたてご飯の甘い匂いで食欲が刺激される。メニューはハムエッグや焼き鮭、サラダに納豆といった定番の朝食。
寒河江くんは納豆が苦手みたいで神林くんに押し付けているのを俺はバッチリ目撃した。


朝食後は予定通りすぐに朝のミーティングだ。
昨日決まらなかった文化祭のテーマ決めは、みんなから出た案をまとめて最終的に二つに絞り、多数決で決定することにした。

「――というわけで、今年の文化祭にやるパフォーマンスのテーマは『飛翔』です!」
「お〜!」

何故か沸き起こる拍手。
合わせて流す音楽は、見ている人も楽しめるよう耳馴染みのある曲を使おうということで決まった。ノリの良さとカッコ良さを兼ね備えた、歌とダンスで人気の男性ユニットの曲だ。
今年はとにかく集客重視で「書道って親しみやすい!」とみんなに思ってもらえるようにしたいのだ。寒河江くん曰く、どうやら我が部は近寄り難いみたいだからね……。

テーマが無事まとまったあとは次期新部長と副部長のお披露目をした。
寒河江くんと同じく全員予想がついていたらしくサプライズには程遠い反応だった。
ミーティング後は畳に新聞紙を敷いて、その上に大きな紙を広げた。これは模造紙をテープで貼り合せて作ったものでパフォーマンスに使う紙の原寸大だ。
広げてみせると、初めてその大きさを目にした部員たちから「おー」という声が上がった。

「去年はテーマの大文字の周りに文章をつけたけど、今年はそれぞれ単語を書いてもらおうかなーと思います」

なにせ今年は入ったばかりの初心者が多いので、いっそのこと寄せ書きみたいにしようかと考えたのだ。昨夜の花火のあとに、先生、由井くん、小磯くんと話し合った結果だ。

「メインの『飛翔』の文字は次期部長の由井くんに書いてもらいます。他のみんなはテーマに沿った単語を自分なりに考えてください」
「はーい部長ー!英語でもいーんですかー?」
「うん、いいよ。でも筆でアルファベット書くのってわりと難しいから頑張ってね」

一年の青木くんからチャレンジ精神溢れる質問があった。いいことだ。
アルファベットを書くのはなかなかコツがいる。やってみたことがあるけれど俺には合わなかった。何でも挑戦してる小磯くんなら上手いかもしれない。
そんなことを話しながら全員で紙をぐるりと囲み、字の配置について意見を出し合ったのだった。


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