33


時間にすればほんの数秒だったと思う。
唇が離れた瞬間、一気に現実味が襲ってきた。
恥ずかしさに頭を抱えながら上体をかがめる。そうすると自然と唸り声が漏れた。

「……センパイ照れすぎじゃね?」
「うぅ、だってなんか……なんかなんだよー……」
「なんかって何?……うわヤベ、オレまで恥ずかしくなってきた……」

寒河江くんも?
ガバッと体を起こして彼の顔を拝むと、口元を手で覆って困ったような表情をしていた。本当だ、珍しく照れてる。
それにしても寒河江くんが脳内でも妄想でもない現実の彼氏だと意識すると、やっぱり頭を抱えたくなるほど照れる。
じっとしてられなくて足で地面を蹴っていたら、寒河江くんが俺の手をやんわり握り込んできた。俺はそれだけで頭の中がぐらぐら沸騰した。

「あーっダメダメ無理!ダメもうほんと勘弁して無理恥ずかしい!」
「ちょっと……そんなんでカノジョほしいとか言ってたんですか?」
「初心者なんだから許して!」
「じゃあ今日から慣れていきましょーよ」
「逆に寒河江くんはなんでそんな平気なの!?」

握られた手をブンブンと振ったら、ご機嫌な様子の寒河江くんが意地でも離すまいと更に強く握ってきた。
寒河江くんの手は熱いしじっとりと汗もかいてるのに、全然不快じゃないのが不思議だ。
そのとき、どこかでくぐもった振動音が聞こえた。
音の出所は寒河江くんのスマホのようだ。彼は光るそれをポケットから出して片手で操作したあと、耳に押し当てた。

「――なに?……や、センパイと一緒だけど。違う、外。……あーわかった、戻る戻る」

着信だったようで、短く会話をすると寒河江くんはさっさと切ってしまった。
しかし電話の間も手は繋いだままって、すごいカップル感。……あ、なんかだんだん慣れてきたかも。

「今の愁……じゃなくて、神林でした。あいつら戻ったみたいです」
「わかるよ下の名前くらい。そっかぁ、もうそんな時間?お、俺たちも戻んなきゃね」
「そーですね。……あ、センパイその前に」
「なに……ぅぶっ」

寒河江くんに呼ばれたと思ったら、もう一度、唇が重なった。不意打ちだったせいでなんだか間抜けな声が出てしまった。
更に角度を変えてもう一回。なにこれ、寒河江くんの唇ってめちゃくちゃ柔らかいんだけど。なんかすごい、すごいとしか言いようがない。俺の語彙は死んだ。
ファーストキスの余韻はどこへやら、世の中の付き合いたての恋人はこんなに何回もチューするもんなの?

「……び、びっくりするじゃん」
「だから慣れていきましょって言ったばっかですよね」
「そうだけどさ……」
「センパイって予告すると余計緊張するみたいだから。それに、戻ったらこーゆーこと出来ないし」

そう言う寒河江くんの笑顔は明るく、心底ご機嫌の模様。しかし寒河江くんよ、俺的にはすんごく心臓に悪いのでなるべく予告してほしい。ドキドキしすぎて壊れそう。
気を紛らわせるために自分のケータイで時間を確認したら、なんともう消灯時間が迫っていた。それを見た俺は慌てて寒河江くんを引っ張り、手すりから立たせた。

「やば、もうこんな時間だよ!は、早く帰ろう!」
「ちょっ、わかった行きますから!引っ張んないでくださいって!」

文句を言いつつ楽しそうに笑っている寒河江くん。俺もいつしか顔中がゆるゆるにだらしなく崩れていた。
そうして二人して笑いながら競うように早足で石階段を駆け下りた。
俺と寒河江くんは宿までの帰り道、ずっと手を繋いでいた。小走りの振動で離れてしまわないよう、指を絡ませて。

宿に無事戻ると大部屋には新入部員たちが全員揃っていた。
みんないるのを確認したあとは、すでに寝ている部員を起こさないよう配慮した小声で彼らから質問責めにあった。

「なになに二人ともどこ行ってたの?」
「あーっと……センパイが花火んときケータイなくしたかもって言うから外に探しに」
「マジで!?えースッゲ大変じゃん!そんなら俺らにも声かけてくれればよかったのに。てか見つかった?」
「あったあった。ね、センパイ」
「う、うむ。おかげさまで」

寒河江くんは至って普通にしてる。一方、俺のほうはさっきまでのことを思い出して、照れくさいやら恥ずかしいやらでいつも以上に挙動不審になってしまった。
そして寒河江くんは「昨日一日バイトが入っていたせいで疲れてるから寝たい」といった理由で残ったみたいだった。あれ?それって俺、労働で疲れている後輩をこき使った先輩みたいになってない?
それはさておき女子大生の部屋に呼ばれた面々は、聞けば消灯時間だからと律儀に帰ってきたらしい。もちろん手ぶらではないが。

「はいこれ、エーちゃんにおみやげ」
「なに?」
「例の犬系の子のアドレス」

ニヤニヤしながら須原くんが寒河江くんに向かってスマホの画面をチラつかせた。しかし寒河江くんはそれをいとも軽々と払いのけたのだった。

「いらねーつってんじゃん。つか、あれってモロお前の好きそうな感じじゃね?」
「うん、当たり。じゃ、これ俺がもらっちゃっていい?」
「好きにすれば」

目の前でさりげなく行われた取引を見て、俺はひそかに感心していた。可愛い女子大生のアドレスを一蹴する寒河江くん超クール。
なんというか、こう「そんなの飽きるほどもらってるから今更必要ないぜ」みたいな?ヒュー余裕ぅ〜!
よし、今度から俺もこういう感じで対応しよう。なんといっても今や彼氏持ちだからな。……俺が女子からアドレスをもらう場面があるとは思えないけど。

小声で女子大生のお誘いの様子を報告しあっていた彼らだが、部屋の暗さも手伝ったのかやがて静かになった。
どこの場所で寝るかというようなことは決めてなかったから、完全なる雑魚寝状態でそれぞれ手当たり次第に布団にもぐりこんだ。誰かの寝息といびきが部屋に響く。
俺もウトウトしはじめたので同じようにしたら、隣に寒河江くんが並んだ。

暗闇に目を凝らして無言で見つめ合う。
布団の中で、俺と寒河江くんはこっそりと手を触れ合わせた。
掌から伝わる彼の体温は俺を心地良い眠りへと誘った。
瞼が落ちる。
高校最後の合宿の夜は、興奮と幸福のうちに更けていったのだった。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -