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「――で、ワックスを両手で揉みこんで、こうやって掴むようにして簡単にクシュクシュってすればいいから」
「わかりました!なんて簡単!」

カット後、毎日の髪型のセット方法を星野さんに教わった。自分の頭なんて寝癖を直すことくらいしかしてないと言ったら、懇切丁寧に教えてくれた。
散髪は、星野さんが非常に話し上手だったおかげで時間経過を気にする間もなくあっという間に終わってしまった。
シャンプーのときなんか気持ちよくて一瞬寝ちゃったくらいだ。美容院最高。
肝心の出来上がりはというと――「まさか……これが俺!?」ってほどの劇的な変化はないが、カット前に比べてすっきり垢抜けたんじゃないかと思う。
最後にワックスで仕上げをしてもらうと、ヘアカタログで見たような爽やかスタイルになっていた。

「何回かやればセットの仕方なんてすぐ慣れるからね。そういえば楠くん、眉は自分でやったの?うちで眉毛カットもできるよ。本当は別料金かかっちゃうんだけど、今日は永くんの紹介ってことでサービスしちゃうよ」

星野さんがこっそりといたずらっぽく耳打ちしてくる。
そんなメニューもあるのか。なんて細かいサービス。プロにやってもらえば綺麗に整えてもらえるだろう。だけど――。
ちらりと鏡の端に映る寒河江くんに目をやった。彼は、いつの間にか雑誌を読む手を止めてこっちをじっと見ていた。

「……いえ。寒河江くんにやってもらうから、いいです」
「ああ、永くんが?ん、そっか。ならそのほうがいいね。僕が教えたから、あの子上手いよ」

言いながら星野さんがブラシで切った髪をサッサッと払う。そうして、俺のカットは終了した。
料金を支払ったあと星野さんから名刺を渡された。「よかったらまた来てね」と白い歯を見せるスマイルを向けられた俺はもはやメロメロで、また来ますぅと気の抜けた返事をした。
なんなの星野さん!こうやって客のハートを鷲掴みしてるんだな!?俺もこんな風になりたいわ!
うきうきした足取りで待合スペースのところに行くと、待っていてくれた寒河江くんの前に堂々と立った。

「お待たせ寒河江くん!そしてありがとう寒河江くん!俺は今日、ここに来てよかった!」
「……そうですか」

しかし寒河江くんは静かに一言だけぽつりと言って、椅子から立ち上がった。

「あ、あのー……どう?俺、かっこよくなったと思わない?」
「……まあ」

そんな投げやりに頷かないでほしい。あの星野さんがカットしてくれたんだぞ?もっとこう……褒めてほしい!
妙に静かになってしまった寒河江くんが先に店を出てしまったので、俺も入ってきたときと同じように慌ててその背を追った。
出るときは店先まで星野さんが見送ってくれて、もう完全に虜になった。シャスラ様は温かくも慈愛に満ち溢れた女王様だった。また来よう。
早足で先を行く寒河江くんに追いつき、隣に並んだ。

「さ、寒河江くん!」
「何ですか」
「えっと、待たせちゃってごめんね。今日のお礼になんかおごるよ。ジュースか何かでよければ……」
「いりませんよ、そんなの」

待ち時間が長くて不機嫌になったのかな。怒ってるわけじゃなさそうだけど、ずいぶんとテンションが低い。
ちょっとビクビクしながら動向を窺ってたら、寒河江くんは歩調を緩めて溜め息を吐きながら俺のほうに顔を向けてきた。

「……むしろ今日のはオレ的にお詫びのつもりなんで、そういうの、いらないです」
「そ、そっか。うん、でもありがとう。俺一人じゃ来られなかったと思うし、助かりました。……つーか星野さん、めっちゃいい人だったね。なんといっても爽やかだし。寒河江くんのイトコの友達なんだって?」

またひとつ共通の話題ができたのでさっそく振ってみたら、寒河江くんは顔をしかめた。なんだよその渋そうな表情は。

「オレのバイト先、親戚がやってるって言いましたよね」
「うん」
「そこんちがイトコの家なんです。で、あの人はイトコの兄ちゃんの、高校時代からの友達」
「ああ、そういう繋がりなんだ」

店の手伝いをするくらい家同士の関わりが深いから、その周囲の交友関係にまで通じてるというわけか。
たしかに関係で見たら『知り合い』だけど、あのやたらと身内っぽい親しさはそういうところからきてたんだな。

「要するに昔からの知り合いです。……あの人、若作りしてるけど実は四十近いオッサンですよ」
「マジで!?うわー……見えねえ……」
「結婚してて、子供もいるし」
「うん知ってる、指輪してたもんね。あ、子供は女の子二人なんだってね。娘ちょー可愛いって星野さん言ってたよ!」

散髪中に星野さんが色々と話してくれたのだが、彼は娘さんにデレッデレのお父さんだということが判明した。
あの星野さんが父親ならば、きっと星野家は洗剤のCMを素でやれそうな爽やかファミリーに違いない。見てみたい。
歳までは聞かなかったけれど、あの落ち着き具合からすればそんなに意外だとも思わなかった。
それにしても何で急にそんなことを教えてくれたんだろう。

「俺、開眼したよ。星野さんの爽やかさを見習えばモテそうな気がする!」

そう宣言した途端、突然、寒河江くんがピタリと足を止めた。
俺も歩みを止めて振り向くと、さっきまでの不機嫌さはどこへやら、寒河江くんは笑顔になっていた。

「……ところでセンパイ、腹、減ってません?」
「はい?」

言われてみれば、もう昼時だった。
用事は終わったし今日はこれで解散だと思っていたのだが、このひと言で、何故だか寒河江くんと食事をすることになってしまった。


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