18


洋楽の有線が流れる店内は天井が高くて開放感があった。一度入ってみれば、あれだけ緊張していたのが嘘みたいに内装に惹かれた。
作り物の白ブドウの飾りがあちこちにあって、そこから蔓や葉が綺麗に垂れている。鏡のフレームが絵画の額縁みたいな凝ったデザインだ。うわ、俺、こういうの好きかも。
店はほぼ満席。その年齢層も様々で人気の美容院だということが分かった。
そうやって俺がキョロキョロしてる間に寒河江くんはさっさと受付カウンターに行ってしまった。

「お、いらっしゃい永くん」
「どーも。ちょっと早かった?」
「ん、大丈夫。で、ええと今日は……紹介だったね。そっちの子?」

そう言いながらカウンターの中から出てきたのは、『爽やか』を体現したお兄さんだった。前髪を上げたショートの黒髪にオシャレ眼鏡、まるでお兄さんの周囲にミントの風が吹いてるかのようだ。
そしてめちゃくちゃ優しそう。若く見えるけど二十代後半くらい?

「いらっしゃいませ。今日担当する星野です。こちらは初めてですよね?」
「あ、ど、どうも初めまして。くく、楠です!よろしくお願いします!」
「はい、楠くんね。初回ってことで簡単にシート記入してほしいんだけど、いいかな」

ちょっと喋っただけであっという間に砕けてくるすごいフレンドリーさ!なのに嫌味じゃない!ついでに名前もステキ!キング爽快って呼んでいい?
俺が来店シートに記入してる間に、ほんとに知り合いらしい寒河江くんと星野さんは親しげに話していた。二人はどういう関係なんだろう。
記入を終えると、星野さんはシートを受け取ってざっと目を通したあとにっこりと微笑んだ。

「ありがとう。それで、今日はカットってことだけど、どんな感じにする?」
「はっ、あ、そ、そうでした!えーと、ちょちょちょっと待ってください!」

ポケットからケータイを取り出して、例の、寒河江くんに送ってもらった髪型参考画像を星野さんに見せた。

「こ、こんな感じで!」
「うん?うーん、ごめんね、見せてもらえる?」
「どうぞ!」

ケータイを献上すると、星野さんは顎に手をあててふむふむと頷いた。その仕草もなんだか素敵だ。カッコイイっていうより素敵って言いたくなる。
そして「ちょっと失礼」と言いながら俺の髪を丁寧な手つきでひと房摘んだ。何かをたしかめるように軽くかき上げたり俺の髪を触ってくる。
おお……なにこの感じ、恥ずかしい。くすぐったくて、変な声で照れ笑いが漏れた。

「髪質とかもあるから、写真と完全に同じスタイルにはならないかもしれないけど……」
「そうなんですか?」
「なるべく近づけるから心配しないで。今日はパーマなしってことだから、自分でスタイリングしやすいようにカットするね」
「は、はい、好きにしてください!あっ、違う!お、お任せします……」
「うん、こちらこそよろしくお願いします」

俺のアホ発言に星野さんが小さく笑いを噛み殺している。しかしマジで「ああもう好きにして!」ってなるくらい素敵なお兄さんだ。
星野さんは俺の背後に視線を移し、親しげな態度で寒河江くんに再び声を掛けた。

「で、永くんはどうする?外行ってる?」
「……や、中で待たせてもらっていーすか」
「構わないよ。何か飲む?」
「いらない」

ひと言そう言って寒河江くんは店の隅にある待合スペースに行き、手近な雑誌を広げた。星野さんとどれほど仲がいいのか分からないけど、ずいぶんそっけないなあ寒河江くん。
一方で俺は、星野さんにカット台へと案内された。
いつも行ってる千円カットとはものすごい待遇の違い。こんなに大事にエスコートされたらキュンとしちゃいますが。

「楠くんは永くんの友達?」
「あ、いえ、寒河江くんは部活の後輩です」
「部活?へえ……永くん、部活はじめたんだ。クラブ活動なんてダルいからやりたくないってずっと言ってたのに」

そうなのか。超言いそう。
ということは寒河江くんが書道部に入ったのはずいぶんと珍しい行動のようだ。由井くんのために自分の主張を曲げるとは、彼の友情は大変に厚いらしい。

「えぇっと……星野さんは、寒河江くんとどのようなご関係で?」
「ん?僕は永くんのイトコの友人。あの子には時々カットモデルお願いしてるから、それで自然と仲良くなってね」
「カットモデル……」

ちらりと鏡を見ると、寒河江くんが雑誌を読んでいる姿が端っこに映っていた。
こんな爽やかお兄さんが身近にいて、どうしてあのチャラさに繋がるのか。不思議だ。

……あっ!そうだ、そうだよ!モテ男の見本がここにいるじゃないか!
爽やかさ、清潔感、優しそう――星野さんは理想を全部兼ね備えてる。完璧だ。寒河江くんが言っていた好感度の高い男って星野さんみたいな人に違いない。
百聞は一見にしかずとはこのことだ。俺の目指すべきものの指針が、今、リアルに具体化された。


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