15


週が明けて月曜から、俺は部活を休んだ。
あんまり寒河江くんと会いたくないと思っていたし、じいちゃんの助言は渡りに舟だった。
小磯くんに「諸事情によりしばらく部活休みます」とだけ連絡して、放送部の部室に通った。
一日も欠かさず書いてた――なんてことは全然ないんだけど、ほぼ習慣化していた書から「離れなさい」と命令されると体中がムズムズした。

由井くんから部室に来ない理由を問うメールが届いたけど、他にやることが云々とかいう、当たり障りない感じのメッセージを送り返した。
一方で寒河江くんからは何も来なかった。こうして会わなければ俺が彼女作りを諦めたってことで彼もきっと納得するだろう。
言ってたじゃないか、こんなこと面倒だって。書道にしろ、寒河江くんは別にやりたいわけじゃないんだもんな。たった一週間にも満たない縁だ、すぐ切れる。
美容院も、予約してしまった店には悪いけれどキャンセルしようと思っていた。
……きょ、今日じゃなくて、電話番号を調べて、そのあとに。明日とか、明後日とか……。





そうやって書道部には顔を出さず、じいちゃんの家にも行かず、あっという間に一週間が過ぎて金曜になった。

――やばい、禁断症状だ。

俺は今、どうしても筆で書きたくてしょうがない!
しかしじいちゃんの禁止令が……いや、うん、書かなきゃいいんだよな。考えてみれば部室に顔を出すのは駄目だとは言われてない!ちょっと後輩たちの様子を見るだけ!ちょっとだけ!
そう考えた俺は、楽しかった堕落の放送部室をあとにして、書道部へと向かった。
足が自然と早足になっちゃうのはどうしてかな。軽くスキップになってるし。

そわそわしながらドアを開けようとしたそのとき、室内から賑やかな声が聞こえてきた。
なんと驚き、由井くんの大声だ。大きな声っていうか、怒鳴り声?

「……だからどうして寒河江のはそうなっちゃうわけ!?こう!こうだよわかる!?」
「わかんねえって。ホラ、おかしくないじゃん?由井と同じじゃん」
「違うから!お前の書き方はおかしい!ていうか筆の持ち方が変だって何度言えば分かるんだよ!」

相当イライラした様子に、ドアノブを握ろうとした手を引っ込めた。やだ由井くん怖い。
それでも禁断症状出ちゃってる俺は、誘惑に抗えずにおそるおそる静かにドアを開けた。
由井くんが大声を張り上げる横で寒河江くんもどこか不満そうな顔をしてる。
早々に来なくなると思ってた寒河江くんが意外と真面目に活動してたことに、驚きとともにちょっと胸に迫るものがあった。

「あっ、部長!!」

小磯くんが目敏く俺に気付いて超大声で呼んだもんだから、ビクッとして反射的にドアを閉めた。だが数秒で再びドアが全開されてしまった。

「何やってるんですか入ってくださいよ!」
「いやぁ、や、やってるねー……楽しそうで何より……」

はは、と若干引きつりながら弱々しく笑うと、由井くんが走り寄ってきて俺のシャツを掴んだ。
そんなに強く掴まれたら逃げられないじゃないか。

「部長!もうやだ!おれ嫌です!」
「ど、どうしたのそんな血相変えて……」
「寒河江見てるといらいらする!」
「由井が神経質なだけじゃん。オレは言われた通りやってるし」

拗ねた口調でぼやく寒河江くんのほうを見たら彼と目が合った。それも一瞬で、俺からサッと視線をそらす。
机の上には寒河江くんが頑張った証らしい半紙の数々が並んでいた。
おおびっくりだ、本当に真面目にやってたんだ。成果は……うん、伸び悩んでるみたいだけど。

「ま、まあまあ二人とも。始めたばっかだしそう焦らなくても。さ、寒河江くんは初心者なんだから、もうちょっと気長にね……ねっ?」

部長らしく二人の諍いを治めるために間に入る。語気が弱いのは俺の性格上、仕方のないところですが。
由井くんはすごい子だ。段位持ってるし、ちゃんとした書道教室に通って先生の指導を受けてると聞いたことがある。
すごく綺麗な書風で、真剣に取り組んでると知っている。そんな由井くんからしたら、寒河江くんに色々言いたくなる気持ちも分からないでもない。

「寒河江くん、ちょっと筆持ってみて」
「は?」
「寒河江。『は?』じゃない、『はい部長』だろ」

由井くんがじろりと寒河江くんを睨む。返事くらいでそんな喧嘩腰にならないでほしい。
内心ハラハラしてたら、寒河江くんは意外にも素直にそれに従った。

「……はい部長」
「べ、別にそんな改まらなくていいんだけどね。で……えっと、その持ち方だと書きにくいよね。筆って先が柔らかいからもっと立てないとさ……こう」

どうも癖になってるらしい変な持ち方を矯正するべく、寒河江くんの背後に回って手を重ねた。ところが、彼が軽く息を呑む音が聞こえたから一瞬で背筋が冷たくなった。
し、しまった!久しぶりの墨の匂いについフラフラと引き寄せられちゃったよ!
握った手を急いで離し、気まずさから両手を背後に隠してモゾモゾと擦った。

「あぁっと、と、とにかくそんな感じで書いてみるといいよ!えーっと……じゃあ、俺はこの辺で……」
「帰るんですか部長!?」

悲鳴のような小磯くんの非難が上がった。そんなに熱烈に引き止められたら一枚くらい……いや五枚くらい書いていい!?
だけれど俺は、いそいそとカバンを下ろした手を凍らせた。

「あの、じゃあ見学だけ」
「見学って……部長、手に怪我でもしたんですか?」
「ち、違うよ由井くん。そういうわけじゃないんだけど、事情があるようなないような――」

由井くんに心配そうな顔を向けられたから必死に首を振った。
――あんなに書きたかったはずなのに、いざ書こうとしたら急激にその意欲が萎んでしまった。何か書きたいのに具体的な字が思い浮かばなかったから。
すごく変な感覚だ。
ここ最近のムズムズした感じは、人から『やってはいけない』と言われたことを逆にやりたくてたまらなくなる心理だったのかもしれない。

部長がおかしい!と小磯くんに散々言われ続けながらも、俺は久々の部長の椅子に座ってみんなの様子を眺めていた。
ときどき寒河江くんと目が合って、そのたびに俺はその視線から逃れた。

そうだ、彼に言わなきゃ。もう彼女作りの手伝いなんかしてくれなくていいよって。
家に帰ってから、メールでそれとなく伝えよう。


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