13


一年の子と由井くんが部室に来たのをきっかけに、なんだかんだと理由をつけて、俺は今日の部活を早々に切り上げた。
すぐに帰らずに向かった先は放送部の部室だ。そこには俺の友達がいる。元・書道部で同じクラスの。

「古屋くぅん」
「お、楠。どうした、今更放送部に入りたくなったか?」
「そんなんじゃありませーん」

部室内には古屋のほかにも部員が何人もいて、それぞれトランプをしたり携帯ゲームをやったり漫画雑誌を読んだりしてる。なんという堕落のエデン。そして男の園。
放送部の女子部員は放送室のほうに集まっていて、男女それぞれテリトリーを二分してるらしい。
古屋経由で放送部には知り合いが多い。むしろ俺も放送部員だと思われてたくらいだ。一度も活動してないのに。
折りたたみ椅子を勝手に出してきて古屋の隣に広げて座ると、大貧民のカードが俺にも配られた。

「今日、書道部のほうは?」
「あー……あんま気分乗らなくてさ」
「なんだよ、まさか後輩にいじめられたか?」

当たらずも遠からず。曖昧に返事をして手持ちのカードを並べ替えた。
古屋の見た目は、ひと言で言うならならゴリマッチョ。だが無駄に美声の持ち主。俺が三年の今頃になって彼女ほしい!と渇望し始めたのはこのゴリラのせいだ。
俺と同じくモテないフレンドだった古屋。けれどこいつは、二年の春休み前に彼女ができたのだ。
昼の放送で流れる古屋の声にベタ惚れした女子が、実は中身もゴリラのように賢く優しい様にメロメロになったそうだ。二年の手芸部の子で小柄な美少女だというから奇跡のような話だ。
その出会いから付き合うようになるまでの過程がまた漫画のようで――いや、こんなのは割愛する。
とにかく俺の知らない間に愛を育んでいたらしい。古屋をモテない仲間だと信じきっていた俺は全然気付かなかった。

ぶっちゃけ羨ましかった。同時に、一年のときからずっと帰り道をともにしていた古屋が、彼女と下校するようになったから寂しくなったっていう気持ちもある。
だから俺も古屋みたいに彼女がほしいと思って、思った挙句、変に拗らせて由井くんを『脳内彼氏』にするという奇行に走ってしまったのだ。

「――楠?おい次、お前の番」
「うわっ俺?えーと……三枚!?パ、パス……」

羨ましかった。もっとストレートに言うなら、先を越されて少し悔しかった。
だけれど実際行動に移す勇気がなく、かといって古屋にこんな情けない相談もできなかった。
そんな俺に彼女を作る手伝いをしてくれるっていう人が現れた。でも、彼は――。

「……ごめん、やっぱ俺帰る。どうもお邪魔しました」
「えっ、楠!?ちょ、待てって!あ、じゃあ俺も帰るわ」
「いいよ別に。まゆちゃんどーすんだよ」
「そんな毎日一緒でなくて大丈夫だっつの。たまには男同士で帰ろうぜ」

クソ、なんて優しいゴリラなんだ……。こういうとこ熱くて大好きだぞ、ふるやん。
先を越されたのは悔しいけど、やっぱそれはそれ、これはこれだ。友情を捨てることなどできやしない。
久しぶりの古屋と一緒の帰り道。色々喋った気はするけど、俺は上の空だった。

――俺の父さんと母さんは、正反対だ。
のんびりしていて昼行灯気味の父さんと、常にシャッキリしている仕事命の母さんがどうして結婚まで至ったのか未だに理解しがたい謎だ。
父さんは一応画家だなんて名乗ってはいるが実際に絵が売れるところを見たことがない。じゃあ何をしてるかというと、自宅で絵画教室をやっている。
児童の気軽なお稽古とか、シニア世代が手描きの絵葉書を作りたくてとか、生徒さんの目的は様々。それでもそれなりに人はいて、細々と地域密着型で続けている教室だ。
そんなわけで年中在宅している父さんが俺の面倒を見てくれた。家事や、学校の行事、そういうもの全部。

ところが両親の間で、俺が産まれたことにより何かしらの問題があったらしい。
性格の違いだとか、母さんがあまり子育てに向かない人だったとか、父さんの仕事の不安定さだとか。
子供の俺はそういうことを説明されてもピンと来なかった。でも二人がいつもピリピリしていて嫌な雰囲気だってことは感じてた。

小学校に上がったばかりの頃、父さんの教室の生徒さんの一人で上品なおばあちゃんの鈴鹿さんが、ある日、旦那さんを連れてきた。
おばあちゃんにお似合いの優しそうなおじいさんだった。
教室の机で生徒さんに混じって絵を描いていた俺に、おじいさんは声を掛けてきた。

――きみ、きみ、そりゃァいかんな、よくばりすぎだ。
――何をって、色を使いすぎだよ。
――ほゥら良く見てごらん、まとまりがなくて取っ散らかってるだろう。
――よくばっちゃいかんよ。一つにしてみなさい。そうすれば案外すっきりとするものサ。
――筆で何かを書きたいなら絵ばかりじゃないよ、タカフミくん。崇文なんて素晴らしい名前、字を書くために授かったかのようじゃないか。
――そうか、興味が出てきたかい?ようし崇文くん、今日からじいちゃんが書のイロハを教えてあげよう。

そうして俺を書の世界にいざなってくれたのが、鈴鹿のじいちゃんだ。
墨の黒。何色にしようだなんて頭を悩ませることのない圧倒的な色に、俺はすぐ夢中になった。

その日から俺はじいちゃんの家に入り浸るようになった。実の祖父母は俺が生まれる前にすでに亡くなっていたから、鈴鹿のじいちゃんとばあちゃんが俺の祖父母も同然だった。
俺がじいちゃんの家に行っている間に両親は二人きりで何度か話し合い、結論として離婚はせず別居という形に落ち着いた。
生活と性格のすれ違いからギスギスしていたけれど、二人の仲が冷めていたわけでも憎みあっていたわけでもないから。
世話好きで職業柄家にいることが多い父さんが引き続き俺の面倒を見て、母さんは本社のある他県にマンションを借りて単身赴任ということになったのだ。

そうなってみれば、俺の家は嘘のように穏やかになった。
三人揃うことはめったにないけれど、母さんは会うたびに笑顔が増えていったし、父さんも肩の力が抜けたようだった。
世間一般の家族の形とは少し違うかもしれない。だけど俺の家族はこれでいいと思ってる。
教室の生徒さんがいつも家に出入りしていたから話し相手に困った覚えはないし、生々しい話、金銭的に不自由したこともない。

自分の境遇を悲観したこともなければ哀れんだこともない。学校行事で時々不便に思うことはあっても、苦労したことなんてないんだ。
けれど、両親が同じ家に揃っていて当たり前っていう価値観の人間からしたら俺は『可哀想』なのだそうだ。

――心が落ち着かないときは一文字だけ書きなさい。
――崇文はちょいとばかしよくばりだから、余計なものは削るといい。

そうやって何度も言われたじいちゃんの言葉が、頭の奥で鳴り響いていた。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -