12


視線を俺に戻した寒河江くんがにへらと笑った。おいこら、そんな笑顔でなんか誤魔化されないぞ。

「まあ、まさかセンパイが自分でやるとは思わなかったんで、ちゃんと言っとかなかったオレのせいでもありますよね」
「なんか微妙に俺のこと馬鹿にしてない?」
「いえいえ。努力は認めますよ」

寒河江くん、超上からじゃない?ねえ、俺のが先輩ですよね?
それにしても頑張った結果が裏目に出るとはなんたることだ。慣れないことはするもんじゃない。

「どーしよ寒河江くん。もうダメ?もう俺に彼女できない?」
「毛なんだからまた生えてくるに決まってんでしょ。今日のとこはシェーバーで歪んじゃってるとこ修正するんで、生え揃うまで自分でいじらないでくださいよ」
「はい、申し訳ありません」
「……じゃ、目ぇつむって。動かないで」

言われたとおりに目を閉じる。
暗闇の向こうでジィィという音が聞こえたから薄目を開けた。だけど寒河江くんに睨まれて再び瞼をパタンと閉じる。
こめかみにそっと指が触れ、顔を固定された。その硬い指先はやけに温かく感じた。
ちりちりと眉が剃られてゆく。
寝不足が祟った寒河江くんの手がうっかり滑り一気に眉毛がなくなったらどうしようかと思ったけど、シェーバーはほんのわずかな動きで、かつ慎重だった。くすぐったいくらいだ。

由井くんに付きまとう俺のことを良く思ってなかったはずの彼がここまでしてくれるんだから、ありがたいことだと思う。
自分の恥ずかしく幼稚な部分を最初から浮き彫りにされたせいか、寒河江くんと話すのはどこか気が楽だ。
そのとき、ふと脳裏に由井くんの顔が浮かんできて無性に申し訳なく思った。
彼は寒河江くんが書道部に入ったことを歓迎してないのに、その寒河江くんと仲良くなりつつあるなんて。

「……もう動いていいっすよ」

静かな声がして、そうっと瞼を開いた。短い間だったけれど暗くなっていた視界に光が飛び込んできたから、眩しさに眉をしかめた。
明るさに順応すると、今度は寒河江くんの顔が視界一杯に映し出されてギョッとした。こんな間近でやってたのか。

「あ、ありがとう寒河江くん。なんか男前度が上がった気がする!」
「明らか気のせいですよ。……あー、そうそう。センパイってスキンケアどうしてます?」
「スキンケア?男もやっていいもんなの?」

俺の初心者発言にもはや驚かなくなったらしい寒河江くん。眉シェーバーをカバンに戻しながらさらりと説明してくれた。

「いいもなにもメンズフェイスケアなんて昔からあるでしょーが。アフターシェーブローションとかさ。つか、髭はどれくらいの頻度で剃ってます?」
「え?一週間……十日に一度くらい?あんま決めてないけど気になったらそのときにって感じ」
「そしたら、洗顔のあとと風呂上がりには必ず顔に化粧水つけてください」
「マジでか」

なんて面倒くさい!
男なんてそこまで気を遣わなくていいじゃないか……という不満が伝わったかどうか、寒河江くんがじろりと半目になった。

「あのさセンパイ、好感度の高い男ってどーゆーヤツかわかります?」
「イケメン?」
「そうじゃなくて。まあそれもあるけど。一番は『清潔感』ですよ」

なんともわかりやすい単語に思わず感嘆の声が漏れた。
言われてみれば、モテてる人って石鹸のいい匂いがしそうだもん。

「これがないとどんなイケメンでも女子的にお断りだそうです。つーかこれ男女共通ですよね?好意を持たれやすくするための最低条件」
「なるほど、説得力あるぅ!」
「女ってわりとそういうとこチェック厳しいっすよ。面倒とか言わないで、スキンケアの習慣は付けたほうがいいですよ。モテたいなら」
「め、面倒なんて俺言ってないじゃん……。えー……でもそうなんだ。寒河江くんもやってんの?」
「やってますけど」
「えっ、意外。イケメンにはそんなの必要ないと思ってた」

俺がそう零すと、寒河江くんがきょとんとした。

「なに?俺また変なこと言った?」
「あ……や、センパイあんまオレのそういうの気にしてないと思ってたから」
「そんなわけないじゃん。俺、寒河江くんはイケてるメンズだと思ってるよ。だからこうしてご教授願ってるんだし。で、スキンケアはどういうものを使えばいいんですか先生」

寒河江くんをイケメンだと思わないほうがどうかしてる。雰囲気とか髪型とかは思いっきりチャラいけど、いま言ったばかりの清潔感も文句なしのモテ男オーラ満載だもの。
そんな寒河江くんのおっしゃることだからより信憑性があるんじゃないか。

「あ、と……とりあえず、コンビニとかでメンズ化粧水とか買ってみたらどうですか?」
「化粧水ならなんでもいいの?種類がいっぱいあったら太刀打ちできないんだけど……」
「ほんと、あんたって人は……」

しょうがないなあと続きそうな言葉のかわりに、寒河江くんが微笑んだ。なんだかやけに柔らかい表情だ。

「だったらまず、自分で買う前に母親の化粧水でもこっそり使ってみたらどうですか?」
「あー……それは無理かなぁ」
「なんで?高級化粧水でバレたら怒られるとか?」
「うち、母親いないから」

そう言うと、寒河江くんは顔を一瞬で強張らせた。
話の流れでぽろりと出ちゃったけど、こんな風に軽く言っちゃいけなかったか。
誤解を解くために慌てて事情を説明する。

「いやいやあのね、死んだとかそーゆーんじゃないからね!母親はいるんだよ、ただ家にいないだけで」
「……え、っと?はぁ……」
「い、いわゆる別居ってやつ。ほら昨日、俺の父さんが画家だって話したじゃん?で、母さんはめっちゃ仕事できる人で会社で重要なポストに就いてたりするんだけど、両親の生活サイクルが合わないっつーか、諸々の事情で別々に暮らしてて――」

早口でまくし立てると、寒河江くんの表情がみるみる曇っていった。
そうしてひと言、彼は独り言のように小さく零した。

「……なんか、大変なんすね」
「…………」

ああ、その、いかにも『可哀想な人』を見るような目。
これまで幾度となく向けられたことのある、それ。


――すごく、嫌だと思った。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -