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跪いていた望月先輩がゆっくりと立ち上がる。190はあると思われる長身に目の前に立たれると、ハンパない威圧感で腰が引けた。
ていうか、この人って田中先輩のことが好きなんじゃなかったっけ?いや、それは俺が勝手にそう思い込んでただけか。じゃあ監査室に来たのは俺が目的だったってこと?これといって変わった話なんてしなかったけど。
……ああそうか、あのときは天佑もあとから来たんだった。委員会中アイツがうるさかったから、この人とはたいした会話もしなかった。
つか副隊長とか言ったよな。隊長は誰だよ。この中の誰か?早坂……じゃなさそうだな、確実に。

「親衛隊?俺の?そんなの俺、知らない……んですけど」

先輩は学生証を胸ポケットに戻しながら「ごもっともです」と頷いた。

「監査委員の方々への親衛隊の結成は表向き禁止されておりますから。ですので厳密に言うと、私設親衛隊、とでも申しましょうか。諸事情により人数が減り、メンバーはこれだけになってしまいましたが」
「なんだよ、それ……」
「私どもは影ながら志賀様をお守りしてきました。貴方様が快適な学園生活を過ごせるよう、不安要素は我々が取り除いてきたのです。たとえば――若林、とかいいましたか」
「わ、若林?」

俺と、そして三春も口枷越しにくぐもった呻き声を上げた。暴れはじめた三春をソフモヒ男が両腕で締め上げる。
元・仁科親衛隊員が持ってたバッグの中を早坂が探る。中から取り出したレザー製のベルトで三春の足を繋ぎ、それから腕もうしろに回したあとベルトで拘束した。
腕のベルトには首輪がついていて、首枷と腕で繋がれた三春が苦しそうに呻く。
思わず立ち上がろうとしたら、望月先輩の手で右肩を押さえつけられた。そうされると何故か捻挫した足首のほうが痛んだ。
たいした力で押さえられてるわけじゃないのにピクリとも動けない。そのかわりにできる限りの大声を絞り出した。

「やめろ!お前ら俺の親衛隊なんだろ!?三春は関係ねーだろ!外してやれ!」
「そうはいきません。これから制裁を行うのですから」

制裁?それは俺にするんじゃねえのかよ。いやいや、それも問題だけど若林の名前が出てきたことも大問題だ。若林がなんだって?

「志賀様は大変魅力的な方ですから、邪な輩からお守りするのはなかなか大変でした。あの若林とかいう男も、一人部屋を満喫しておられる志賀様のところに無断で押しかける真似をして……平民の分際で、非常に目障りでした」
「一人部屋、押しかけた……?ってまさか、あの、若林の机にゴミをぶちまけたのって……」
「我々からの制裁です。とはいえ、不潔なものを目にした志賀様が大変ご立腹のご様子でしたので、それだけで済ませてやりましたが。お優しい志賀様に、あの平民は感謝して服従すべきです」

頭をガンと強く殴られたような衝撃だった。
あの若林のイジメは、俺が原因だった……?
思い返してみれば、たしかにあれは同室になった翌日のことだった。
震えが止まらない。俺の与り知らないところで、『俺のために』という大義名分で頼んでもない制裁が行われていた。若林はただ、俺と同じ部屋に引っ越してきただけなのに。

「若林が変な手紙をもらってた、みたいなのもお前らが……?」
「手紙?さあ、それは存じませんね。そちらは他の、執行部あたりの親衛隊員が独断でやったことでしょう。手紙など、やり方が幼稚でぬるすぎる」

あのゴミ事件で俺が派手に騒いだもんだから、怖気づいたかしてそっちもまとめて尻尾巻いたってことかよ。
幼稚だろうとなんだろうと、他者から悪意をぶつけられて平気なヤツがいるか。若林だって平気なふりして我慢してたんだ。
思考が追いつかず、かわりに吐き気がした。

不意に萱野の言葉を思い出した。過激派の個人親衛隊があるって話。若林の件もそっちが疑わしいと言っていた。
それは俺のことだったんだ。萱野はこのことを知ってたのか?俺の親衛隊のことをバラそうとして、天佑から謹慎を――。

「――三春翼は」

望月先輩が俺の肩に手を置いたまま横に並び、静かに語りだした。

「これまで志賀様に数々の非礼を働いています。今まで静観してまいりましたが、本日の所業は、到底看過できるものではございません」
「今日のって……」

先輩は「おいたわしい」とつぶやいて俺の足に目を落とし、悲しそうに顔を歪ませた。
所業とかいうのはソフトボールでぶつかったことを言いたいのか?あんなのは偶然の事故だし単に運が悪かっただけだろ。
三春がどう思ってるかは知らないが、別に俺のほうは恨んじゃいない。そりゃ、試合が中途半端になっちまって残念だなとは思ったけど。

「志賀様に怪我を負わせるなどもってのほかです。溜飲を下げるべく、貴方様にもご覧になっていただこうと思い、こうしてお呼びしたのです。これは我ら隊員の総意でございます」
「ご覧になる?俺に……何、見せる気だよ」
「エヘヘ志賀様ぁ、退屈しないように〜ぃ、ボクがオモチャを用意しましたぁ〜〜」

とっておきを自慢するかのように、元・仁科親衛隊員の先輩はニコニコ顔でスクバを開いて見せた。
中には様々なエグい形をしたアダルトグッズが詰まっていた。拘束具、イボ付きバイブ、極太ディルド、鈴つきのクリップ、謎の透明の筒とか、細長い棒、リモコンのついたリング……使用用途を考えると胸が悪くなりそうなものばかりだ。
それを見た三春が、ふるふると首を振りながら涙を滲ませた。

「お道具で遊んでるところを〜動画で撮ってネットに流しちゃおっかな〜〜。三春クン可愛いから〜変態おじさんたちの人気者になれちゃうよぉ〜〜?嬉しいね〜ぇ?」
「んんっ、んんー!」
「おいふざけんなよ!こんなのやりすぎだ!んなこと絶対にさせねえからな!!」

望月先輩の手を肩で振り払って何としてでも阻止しようとした。
なのにその前に先輩に喉元を親指で押さえられて息が詰まった。苦しさに呻いた次の瞬間、左足の甲に足を乗せられて動きを封じられた。
この人やべぇ、格闘技か何かやってる。急所をいとも簡単に突いてくる。『それ相応の対応』っていうのは肉体的にってことかよ。
俺の親衛隊なのに、俺の意見なんて全く聞く気がない。過激派の過激派たる所以を痛感した。

「そうおっしゃられましても。困りましたね。そもそもこの制裁は、あの方からの直々のご命令なんですよ」
「あ、あの方?っう……誰、だよ……っ」
「誰?よくご存知ではありませんか。貴方様と深く愛し合っている、あの方に他なりません」

愛し合ってる?ーー天佑?
あいつが、三春への制裁を命じたっていうのかよ。
じゃあ親衛隊の隊長っていうのは、まさか。
そこまで考えて、自分の馬鹿げた発想を慌てて捨てる。親衛隊持ちが他の親衛隊に口を出すわけないだろ。それ以前に天佑はそんなヤツじゃない。
でも、と湧き上がる猜疑心に気持ちが揺らぐ。天佑の不可解な行動は、そうだと思えば全部説明がついてしまう気がした。
望月先輩の手で気道を狭められて脳に酸素が回りきらず、だんだんと思考も閉じていく。

俺は、いったい何を信じればいい……?


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