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探してた鍵が三春の手の中にある。なんでだよ?
椎名の言葉を信じるなら、天佑が「鍵はもう見つけた」って言ったんだよな。アイツが持ってるんじゃなかったのか?
どういうことなのか理解が追いつかないまま寮裏への道を急いだ。なくしたものを取り戻すために。

気持ちだけは急いでる歩調でじれったく足を動かす。そんな早足にもならない速度で、裏庭を抜けて林の奥へ。
ようやくログハウス風の建物が見えたときには、俺は汗だくになっていた。右足首がむず痒いような疼きをもって痛む。

――テスト前の夜、三春と一緒に来た廃物置。
朽ち果てる寸前の建物は、まだ明るいこの時間でも薄気味悪く見えた。おあつらえ向きにカラスのギャアギャアという嗄れた鳴き声と羽音が響く。
相変わらず建物の周囲にはカラーコーンとバーが張り巡らされていて、人の出入りを拒んでいる。

さすがに窓のカーテンは撤去されたらしいが、外から見ても中は暗くてよく見えない。窓自体小さいし汚れで曇ってるから内装もぼんやりとしか判別できなかった。
中は執行部や千歳たちの手によって片付けられて、もう秘密基地じゃなくなってるはずだ。
今もドアに鍵がついてないことを願いながら取っ手を持ち、三春から教わった方法で動かしてみた。願いが通じたのか、今日は特に力を入れなくてもすんなり開いた。

物置の中は薄暗く埃っぽい。前に来たときみたいに家らしい感じはすっかりなくなって、普通の物置に戻っていた。
千歳が作ったっていう棚や廃材類が奥のほうに寄せられ、真ん中はがらんとしてる。
一歩踏み出すと、腐りかけの木床がギシッと軋んだ。

「三春……?」

もう一歩踏み出して目を凝らした。
すると棚の向こう側から、見慣れた小柄な金髪頭のヤツが姿を現した。祈るように、両手で小さなディンプルキーを握って。

「り、り、リヒト君っ……な、なん、なんで……」
「三春、お前――」

――『なんで来たの』。三春は震えるか細い声でそう零した。
それと同時に、バタンと背後で勢い良くドアが閉じる。
驚いて振り返ろうとした。しかしその前に、手袋に覆われた手がうしろからぬっと突き出て、その掌で口を塞がれた。

「突然お呼び立てして大変申し訳ございません。どうぞお静かに」
「!?」

聞き慣れない男の声だ。ドア内側の壁沿いに潜んでたらしい。
そいつは背後から俺にぴったりとくっついて、乱暴にするでもなく、穏やかな口調で続けた。

「そのまま動かずに、落ち着いてください。お怪我に障ります」

もう片方の手で喉元を緩やかに締められた。それだけで身動きが取れなくなる。なにより背後の人物から醸し出される雰囲気と圧力が異様で、恐ろしく感じた。
混乱と恐怖で呼吸ばかりが荒くなる。目玉だけを動かして必死にうしろを見ようとしたが叶わなかった。

「貴方様のお怪我の具合を鑑みるに、本来ならばお迎えにあがるところですが……このような方法でご足労いただいたこと、深くお詫びいたします。何しろ私どもは『存在していない』ことになっておりますので、誰の目にも留まらない、この場所でなければならなかったのです」
「う……っ、ぐ……」
「さすが、肝が据わってらっしゃる。しかしながら急に暴れたりなさいますと、こちらもそれ相応の対応をしなければなりません。そうならないよう、少々失礼いたしますね」

そう言って背後の男はどこかに向かって何かを指示した。
背後にもう一人潜んでたらしくて、そいつは無言で俺の手をうしろでまとめると両親指を重ね、そこに針金のようなものをきつく巻きつけてきた。
それから俺のポケットを探ってスマホを取り出し、それを手袋の男に渡した。手袋男は口を塞いでいた手を外すと、俺に見せ付けるようにして電源を落とした。

二人がかりで最小限の拘束で動きが封じられたうえに連絡手段も断たれて、心臓が壊れそうに速くなった。
なんなんだこれは。俺は一体何をされてるんだ?『存在していない』っていうのは、何のことなんだよ。それ相応の対応とか。

少し離れたところにいる三春を見やると、青い顔で小刻みに震えていた。
そのとき、さっきのメールの違和感にようやく思い当たった。
引っかかったのは、『差し出された手』と『物置』――。
もし三春が自分で自分の写真を取ったなら、画面の下が手首で上に指がくる。メールの写真はその上下が逆だった。こっちに向けて手を『差し出し』、対面から『誰かに』撮られたかのように。
そして『物置』。三春の性格からいって、ここは廃物置なんかじゃなくて『秘密基地』と言うはずだ。

「なあ三春、これ俺もしかして騙された?」
「ご、ご、ごめん、おれ、メール、目の前で送るようにいわ、言われてっ……」

文面をチェックされてたから本当のことも打てなかったってことか。あれが三春の精一杯のSOSだったんだな。
すぐに気づけばよかった。三春は俺にここに来てほしくなかったんだ。けれど、来なかったら三春の今置かれてる状況も知らないままだった。
俺は振り返らずにうしろの人物に問いかけた。

「で、俺を呼び出した目的はなんなわけ?」
「制裁です」

うっすらその可能性も考えてたから、やっぱりかって納得した。むしろ今までなかったことのほうが不思議だったくらいだ。
タイミングはおかしいが、あえて学校行事のこの日なんだと思えばわかるような気もした。
今の時間だったら例年通り、クラスマッチ最大の目玉、テニスコートで生徒会長対風紀委員長か会計対書記の優勝決定戦が催されてるはずだ。よって警備も手薄。

いつか来ると思ってた。
だけど、いざ直面すると怖いもんだな。足が震えて止まらない。緊張で口の中が渇いてきた。

「リ、リヒト君……っ」
「それ以上喋るな」

廃材の奥からもう一人出てきて三春の口に猿轡を噛ませた。棒状のSM用口枷だ。レザーベルトを後頭部で締められて、三春は痛々しい姿になった。
三春に拘束具を着けたそいつには見覚えがあった。あれだ、今日、鬼頭にカツアゲされてたソフトモヒカンのイケメンだ。制服姿で、腕に包帯を巻いている。
続けてソフモヒ男の背後からもう一人が姿を見せた。重そうにスクバを抱えた、そのふわふわした栗色髪の可愛い系男子にも見覚えがあった。

「あれ、あんた……天佑の親衛隊の」
「ええ〜、覚えててくださったんですかぁ?」

そう言って頬を赤くしたのは仁科様親衛隊の一人だった。
たしか一学年上で、去年は頻繁に部屋に来てたし俺も何度か話した人だ。いつからか来なくなったけど。

「でもボク、もう仁科様の親衛隊員じゃないんですけどね〜」
「は……?」

親衛隊をやめたって?だから見なかったのか。てことは何のためにここにいるんだ?
てっきり仁科様親衛隊からの制裁だと思ってたからますます困惑した。
頭をひねってる間に、さっき俺の手を拘束したヤツが今度は前に回りこんできた。背もたれをこっちに向けた状態の木の椅子を置く。そいつが顔を上げて、正面から俺を見た。

「――早坂!?」

生徒会補佐の早坂だった。ジャージ姿だけど、どう見ても早坂だ。
唖然として凝視すると、早坂は笑みを浮かべて三春の手から鍵を抜き取り、ポケットにしまい込みつつキザっぽく肩を竦めた。

「お、お前っ……どういうことだよ!説明しろ!」
「って言ってますけど、どうしましょうか、先輩?」

早坂は俺じゃなくて俺の背後にいる手袋男に向けて首を傾げた。
怖くてうしろを振り向けない。知らないヤツだと思うけど、何故か知ってる気配がする。
手袋男が俺の背中をそっと押して椅子に座るよう促した。そのとおりにすると、そいつは俺の右足の前に膝をついた。
体操着じゃなくて制服を着てる。ネクタイまできっちり締めて。

そのまま捻挫した足首を握り潰されるかと思ったら、手袋男は体を屈めて、土下座のような形でサンダルのつま先に口付けた。
予想外のことをされて、「うぇっ!?」という間抜けな悲鳴とともに反射的に右足を引いた。と同時にズキンと捻挫の痛みが走る。

なんだよ何してんだこの人。死ぬほど気持ち悪ィんだけど!
ドン引きした俺に向けて、手袋男がおもむろに顔を上げた。そうして薄暗いなかに浮かび上がったその顔を見た俺は、目を瞠った。

「あ、あ、あんた……!えっと……そうだあれ!田中、先輩の、デート権の……!」

そうだ。体育祭の賞品の好きな人と二十四時間デート権で、田中先輩を指名した――。
彼は跪いたまま俺を見上げ、にこりと目を細めた。

「一度お話しましたね。覚えてくださっていたなんて光栄です。あのときの無礼な態度をお許しください」

二の句が継げず、ぱくぱくと口を開閉した。すると彼は、シャツの胸ポケットからカードを一枚取り出した。学生証?

「三年D組、望月惟心。僭越ながら、『志賀様親衛隊』の副隊長を務めております。以後、お見知りおきを」

学生証を見せながら、もちづきいしん、と彼は名乗った。


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