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四イニングが終わったらインターバルに入った。両チームと審判たちが水分補給や休憩をする時間だ。
ベンチで休憩しつつ、俺は龍哉と興奮気味に肩を叩き合った。

「理仁、今日調子いいな」
「自分でもびっくりだわ。今まで眠ってた俺の実力がついに開花した感じ?なあ、俺ら優勝いけそうじゃね?」
「そこまではどうかわかんないけど。ていうか三春んとこが穴っぽいよな」
「あ、やっぱ龍哉も気づいた?」

三春と、あと投手もわりと粗が目立つ。知らない生徒だけど連投に向いてないヤツなのかも。
メンバー内で情報交換したうえで、この先は積極的に穴を狙っていく作戦にした。三春には悪いけどこれも勝負だ。

休憩時間が終わって五回表。
俺らの作戦を見抜かれたのか、滝のファインプレーで鮮やかに阻止された。まあ俺らも別に狙い通りに打てるわけじゃないんだけど。
得点には繋がらずに攻守交替。
逆に五回裏では、A組に続けてヒットを打たれた。
こっちが先取点取ったせいか、その悔しさをバネにしたかのようにキレのいい動きで一点を取り返してきた。
だけど俺らだって必死だ。なんとか同点に抑えて五イニング終了。

ソフトボールだからイニングはあと二回。
同点のまま延長にもつれ込むか、ここから試合が動くか。渦中にいる俺たちも勝負の行方が読めなくなっていた。
それにしても応援の声がすげえ。どっから持ってきたのか鳴り物やメガホンを叩いたりして、蝉の鳴き声も聞こえないくらいだった。
おまけに風紀のヤツらも来てる。一糸乱れぬ野太い雄叫びの、暑苦しい応援団が。

そして六回表――。
マウンドに上がったヤツを見て、俺らチーム全員が揃って「ハァ!?」と声を上げた。
滝だ。投手交代で滝が登板した。

つーかあいつピッチャーやれんの!?いやいや、ただ投手が疲れてやむを得ず交代しただけかも。きっとそうだ!
そう期待したが、滝のほうが真のエースだったらしい。
キレのある速球で俺らチームは次々と討ち取られていった。俺もバッターボックスに立ったが全然見えなかった。アンダースローってあんな速くなるもんなの?
結果、表はノーヒットノーランでチェンジ。風紀副委員長、死角なしかよ。

六回裏になったところで、俺らのピッチャー宮本にも明らかな疲労が見えはじめた。
そりゃそうだよな、今日ずっと投げっぱなしだし。おまけにここにきて滝のあのピッチングを見たら少なからず動揺すると思う。
そんな宮本はフォアボールを出した。
バッターは三春で、今のところ全打席空振り三振だったから油断したのかもしれない。チームの誰かに言い含められたのか、この打席で三春はバットを一回も振らなかった。

初出塁だったせいか頬をピンクに染めて喜んで、スキップしながら一塁に行く三春。
三春だったらまあいいか……みたいな緩んだ空気が守備側になんとなく漂う。
ところが三春は塁に出たとたん、本領を発揮した。――そう、お得意の俊足だ。

次の左バッターが打った瞬間、三春が駆け出した。目にも留まらぬ速さで。ライトからの送球も全然間に合わずに余裕の二塁。一塁も埋まった。
ぶっちゃけあのスピードはやばい。あれが敵だと思うとゾッとする。
三春はこれから、俺の守るサードに来る。宮本が投球で抑え込んでくれたらいいが、たぶん打たれるだろう。だから気を引き締めてボールの動きを追わなくちゃいけない。

心持ち腰を低めに落として守備体勢をとった。どこから球が来てもいいように神経を研ぎ澄ます。
すると、宮本が一投目を投げたそのタイミングに合わせて、三春も動いた。

「なっ……!」

まさかの盗塁かよ!!
三春の猪突猛進が三塁に迫る。意表を突かれたせいでモーションが遅れた。その一方で本塁の龍哉のほうは冷静だった。
龍哉は捕球したその直後に、俺に向けて鋭くボールを投げてきた。
すぐそこに三春が来てる。だから確実に球を受けないと。
しかし思惑に反して体がついていかなくて、龍哉の球を受けきれずにグラブで弾いてしまった。でもまだ間に合う。たぶん。
落ちたボールを拾うために慌てて体をかがめたそのとき、三春がサードに突撃してきた。

三春は真っ赤な顔して両目をきつく瞑り、まるで俺に抱きつくような動作で駆け込んでくる。
その瞬間が、何故か、スローモーションみたいに感じられた。

「――ッ!」

土が激しく擦れる音がする。直後に三春の衝突を受け、ドスンと重たい衝撃が走った。
思いっきりぶつかり合ったあと体勢を崩して、その場に転倒した。何が起こったのか判断がつかないまま。

「理仁!!」

龍哉の叫び声が遠くに聞こえる。
球は拾った……はずだ。しかし起き上がれない。三春にタッチしようとした手が地面に伸びている。
一瞬意識が飛んだような気がしたが、それは三春も同じらしかった。
呆然とした表情の三春が、俺を覗き込むようにして上に乗っている。真正面から目が合った。空色の瞳――。

「……セーフ!」

塁審の声でハッと我に返った。
俺と三春のクロスプレーは、三春のスチール成功という結果に終わったようだ。
状況から考えて、落とした球を拾おうとした俺の立ち位置が悪く、三春も前方の注意を怠ったために起こった接触だった。
三春の手がベースに触れていて、ボールは俺から離れたところで空しく転がってる。

「ご、ご、ご、ごめんねリヒト君……!!」
「あー……いいって。こういうときはしょーがねーだろ」
「けっ、けけ、ケガはっ!?だいじょうぶ!?」
「平気平気、……っう」

相手が小柄な三春だったからまだ良かったけど、それでもあれだけの衝撃だったんだし多少の擦り傷や打撲はあって当然。軽く動かしてみたが肩や腕、腰は一応大丈夫っぽい。
ところが立ち上がろうとしたときに、鈍い痛みが下からズキンと駆け抜けた。なんとか立ってみたものの、痛みで左に体が傾いた。
……やべぇ、もしかしてこれ足捻ったか?
衝突を本能的に避けようとして、体をよじらせたはずみで右足首を捻ったみたいだ。
右足をそーっと地面につけるという変な姿勢でいたら、龍哉がすぐにタイムを取って駆け寄ってきた。

「理仁!足、痛めたか?」
「な、なんか捻ったっぽい……あークソ、いいところで……いってぇ」
「救護呼ぶからちょっと待ってろ」

龍哉が救護係と審判の先生を呼んでくれて、簡単な問診の末、俺は試合続行不可能ということで保健室行きが決定した。
せっかくいい試合だったのにこんなところでリタイアとか、ダサすぎんだろ俺。
チームには補欠がいないから、俺のかわりにB組から代理メンバーを入れることで試合を続けるしかない。
こういう場合は例外的に、選択競技関係なく同じクラスの生徒だったら誰でも入れていいことになってる。
せっかくだし、いま観戦席にいる野球部のヤツを助っ人にしてもらうことにした。ここまできたら絶対優勝してほしい。

「り、リヒトくん!ごごごめん!あの、あのおれっ……!」
「気にすんなって。軽く捻っただけだし。つか俺らってよくぶつかるよな。まあでもお前さ、走るときはしっかり前見て走れよな」

今にも泣き出しそうな三春の頭をぽんぽん軽く叩く。そうしてやると三春は両手を胸の前で組みながら真っ赤な顔で何度も頷いた。
ミニマムなこいつには学園備品のヘルメットはぶかぶかで、ちょっとおかしくなった。この頼りない体のどこからあんなパワーが出てくるんだか。

龍哉や三春に見送られながら救護の人の肩を借りて歩く。
途中でクラスのヤツらとかに声を掛けられつつ、寂しいような残念な気持ちのまま、俺はグラウンドをあとにした。


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