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「仁科、何しに来たって?」

観戦スペースに戻ってすぐ、龍哉に聞かれた。
三年の試合は最終局面らしくて声援によりいっそう熱が入っていた。試合中の誰かの個人親衛隊っぽい集団が固まってる。
そんななか俺は、龍哉と滝の間に座り直してタオルで汗を拭った。

「あーなんか……俺の応援だって」
「仁科って案外そういうとこマメなんだ」
「意外だよな」

俺も龍哉も、別に天佑が薄情だとかそういうことを言いたいんじゃない。
恋人もセフレも何人いるかさえわからないアイツのことだ、いちいちそんなことしてたらキリないんじゃねえの?って思うわけだ。
逆に言えばそういう細かい気遣いが出来るからこそ、あれだけのモテ男なんだろうけど。

「で、それだけ?」
「だけ」
「……ならいいけど」

複雑な面持ちのまま龍哉がグラウンドに視線を戻す。俺もつられてそっちに目を向けた。
すると、そのタイミングでバッターの打った球が高く飛んだ。センターフライでアウトになるかと思いきや、守備がボールを取りこぼした。
満塁だったため、送球に手間取ってる間にホームベースに続々とランナーが戻って逆転サヨナラ勝ち。

観戦席が一気に沸いて、特に知り合いのいない試合にも関わらず俺も歓声を上げた。
三年の優勝はなんとB組だった。俺らと同じB組ってことでますますテンションが上がった。優勝のビジョンが見えてきたような気になった。
試合終了の挨拶とグラウンドの整備の間に、俺らも試合の準備をした。滝とはもう完全に敵同士だからここでお別れだ。

「じゃあ志賀、お手柔らかに」
「おー、今から負けたときの言い訳考えておけよ」
「万が一そっちが勝ったら俺のゲーム機、好きなソフトとセットで譲るわ。まあ絶対ないけど」
「よっしゃその台詞覚えとけよ。こっちが負けたら俺の大事なマトリョーシカコレクション全部やるわ」
「えっそんなのいらない」
「は?滝てめー喧嘩売ってんのかよ」
「お前らよせって」

龍哉に窘められつつ滝と軽く火花を散らしてから、俺らはグラウンドに下りた。
真昼の太陽はじりじりと地面を焦がしてる。まずはスポドリで水分補給しつつのウォーミングアップ。
もちろんお決まりの円陣も組んだ。優勝するぞーオー!っていうアレな。

そんなこんなで気合十分の俺らに審判役の先生から集合の号令がかかった。
両チーム向き合って並んで、試合前の挨拶。
ただのクラスマッチだしあんまり形式張らなくてもいいんだけど、やっぱ決勝だからか全員自然と背筋が伸びていた。

先攻後攻決めはジャンケンでやって、先攻は俺らのクラスになった。
補欠メンバーなんていないから打順はローテーションを崩さないで今までどおり。俺は今日、なぜかヒット好調だからチームメイトに期待されてる。

ベンチから守備側を見てみたら滝はショートだった。なんとなく納得。
一方で三春はレフト。急遽入ったメンバーだからってのもあるんだろうけど。
そういや三春って、去年は入学して一ヶ月くらいで海外に引っ越したからこれが初クラスマッチ?
あ、だから引き抜きでバレーからの当日変更もオッケーだったのか。まだどの競技もやってないから。

観戦席もギャラリーが増えてきた。やっぱりこの時間だと、試合が終わったクラスが多いみたいだ。B組の応援も来てくれてる。
盛り上がりのなか緊張の一回戦。
一回表は出塁することなく三者凡退。やっぱA組は伊達じゃねえな。技術も気迫も今までのクラスとは一味違う。
すでにちょっと心が折れそうになったものの、攻守交替。

B組ピッチャーは、体育祭でリレーのアンカーもやった宮本。
地味メンで目立たないように見えてうちのクラスで断トツ運動神経がいい。しかも器用だしここぞってときに度胸があるからこういうときよく頼られる。マジ武蔵。自転車部だけど。
キャッチャーは龍哉。メンバー内で総合的に見て適任だってことで押し付けられてた。
当初、「野球なんて詳しくない」とかブツブツ言ってたわりにリードが巧みで、これまでの勝利は龍哉の功績が大きいと思う。

絶対バカスカ打たれるんだろうなぁ……とか思ってたわりに、堅実な投げの宮本と龍哉のリードが功を奏した。
走者一人を出したがスリーアウトを取った。

二回戦も両者スコア0のままだった。あれ、俺らけっこう善戦してね?
緊張感と気合が高まってるおかげか、暑さもそんなに気にならずにゲームに集中できてる。
すごい割合で球打たれてめちゃくちゃこえーけど、予想してたようなホームラン連続なんてことはない。
攻撃のときも、ヒットとまではいかないけどちゃんとバットに当たる。ただ、Aのやつらの送球は弾丸みたいですぐアウトを取られるが。それでもみんながみんなスポーツ得意ってわけでもないらしい。かつての田中先輩や、若林みたいに。

三回戦。表ではフォアボールで一塁に出たけど、点に繋げられることなくあっさりチェンジ。
裏では一、二塁にランナーを出しちまったが、連携がうまくいってなんとかアウトを取った。俺もサードを守りつつゴロを捌いて頑張った。

そして四回表――。
一打席目はショートゴロで素早く滝に取られ、一塁でアウト。

「うーわ……滝のとこにはぜってー打ちたくねえな」

次のバッターは俺で、サークル内からグラウンドを眺めながら独りごちた。
バッターボックスに立って構え、一球目は見送りでストライク。二球目も同様。
ライト前、ライト前……と念じつつ、三球目でバットを振った。そしたら芯を捉えたようないい手ごたえがあった。
しかしボールは運悪く三遊間に向けて飛んで行ってしまった。
やべえ、あれじゃ確実に滝に取られる!そう思ったけど、一塁目指して全速力した。

ファースト前で刺されることを覚悟したが、無事にたどり着けた。
どうやら俺の打球は思いのほか飛んで、レフトの三春が取り損ねたおかげらしかった。
ショートに滝っていう堅い守りがあるものの、そこを抜ければ実はレフト近辺って穴なんじゃねーのか?

次打席の送りバントで俺は二塁へ。
その次の打席では龍哉がセンター前ヒットを叩き出し、送球でちょっとヒヤッとしたけど俺も龍哉もセーフ。一、三塁におさまった。

五打席目。すでに二死取られてるからギリギリのところだ。ここは様子見で動かずにいるか、何が何でもホームベースに走るか――。
三塁から滝を見てみたら、ヤツは守備体勢を取りつつも、いつも通りの好青年な笑みで俺に視線を返してきた。
その焦りのない表情が逆にムカつく。なんとなく挑まれてるような気がして、バッターが打った瞬間、俺は走り出した。

「志賀ーいいぞ走れ!」「バカ無茶すんな!」「戻れ戻れー!」「行けぇぇぇ!」――野次と応援が混じった大声に急かされるように猛ダッシュ。
打球は内野ゴロ。アウトが先か、俺の生還が先か。
捕手に向けて球が飛んでくるのが視界の端に写った、ような気がした。それでも必死で本塁を駆け抜けると、先生から「セーフ!」の審判が下った。

「マジで!?」

思わずそう叫んだ。周りから割れんばかりの歓声が上がる。
先取点!?マジで!?A組相手に!
一塁も、二塁の龍哉もちゃんと生きてる。
ピッチャーゴロだったみたいだけど投手の判断が遅れてうまく処理しきれず、そのおかげで俺は間一髪間に合ったらしい。

スコアボードに燦然と輝く『1』。
浮かれに浮かれた俺たちだが、次打席三振でチェンジになった。
しかし先取点で勢いに乗ったB組ナインは、四回裏を無失点に抑えた。


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