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テニス観戦後は、ソフトボールの進行具合が気になったからグラウンドに行った。
ちなみにグラウンドといっても、厳密に言えばこの学園には四つある。
授業や体育祭とかで多目的に使うのは一番広い総合グラウンド。ここがいわゆる校庭で、俺ら二年がいま試合をしてるところ。
そして、野球場の形になってる第二グラウンド。主に野球部が使う場所で、今日は三年生が決勝で使用している。二年の決勝もここでやる。
ちなみに第三は陸上競技用、第四は芝生のサッカー場だ。生徒は、この第二から第四まではグラウンドとは呼ばない。

ともかくグラウンドをのぞいたら、鬼頭の言ったとおりソフトボールはF組が勝利していて、もう次の試合がはじまっていた。A組とE組だ。
今日の午前中はB対CとD対Eの試合があって、午後はF対Gというスケジュールになっている。
二年生はクラス数が奇数だから、A組にはシード権が与えられている。だからA組は、午前の勝ちクラス、つまりE組と現在交戦中ってわけだ。ここで勝ったほうが決勝へ進む。
で、この試合後は俺らB組とF組が試合して、そこで勝ったら決勝。
もし俺らが勝って決勝戦に進んだとしたら、いま試合中のAかEのどっちかと対戦することになる。

そんなわけで偵察のつもりで試合をのぞいたらげんなりした。
……滝がいる。しかも塁に出てるし。ていうか満塁。スコアボード見ても明らかな点差だし、これたぶんAが勝つわ。それだけわかればもう十分。
結局、スポーツ特待生も揃ってるA組には勝てないんだよなぁ。バスケもA優勝確実だし。
やや諦めの境地に至った時点で観戦をやめて、一旦教室に戻った。そしたら龍哉と一緒に千歳もいたんで束の間の休憩をとった。

「――で、どうだった?テニス」
「それが行ってみたら天佑と萱野の試合でさ、すっげー面白かったわ」
「マジか!やっぱ俺らも行けばよかったなあ。で、どっち勝った?……って決まってるか」
「うん、アイツ」

苦笑気味に答えると、龍哉と千歳は「だよなー」と頷いた。
それから千歳が、まちゅりんうちわを扇ぎながら続けた。

「俺んとこの隊員情報じゃ、今年の仁科はやたら張り切ってるって話だけど。たぶん優勝目指してんじゃね?」
「へー……?」

何においても「疲れたぁ」とか「飽きちゃった」とかいってゆるゆるなアイツが。
体育祭でもそうだったけど、そんな風に闘争心を剥き出しにするなんて珍しい。
いいこと……なのか?どっちにしろS組のことだし俺には関係ないが。
龍哉に今のソフトボールの状況を伝えたら、あんまり休んでる余裕はなさそうだって話になってグラウンドに再び戻った。

――結果は予想通り、A組の完封勝利。

それから次の試合に向けての整備やチームメイト集合のためのインターバルがあって、そのあとに俺らB組とF組の試合がはじまった。
ところがA対Eの試合時間が短かったせいか、午後の炎天下の連戦が祟ったようで、F組は俺らクラスにあっさり負けた。
それでも俺らチームは珍しく決勝に残れたのが単純に嬉しかったから、「打倒A組!」とテンションが上がった。
千歳は途中でバスケのほうの決勝に行ってすでにいない。だから心置きなくAを敵扱いできる。

試合後のテンションそのままにチーム揃って野球場に移動してみたら、まだ三年が試合中だった。昨日の予選が長引いて予定が今日に食い込んだみたいだ。
ソフトボールは硬式に比べてベース間が狭いし短時間で決着がつく競技だけど、昨日は一年の試合もやってたわけだし、こういうズレは珍しくない。

また戻るのも面倒だし作戦練りつつこのまま待機しようぜってことで、俺らチームメイトはネット裏の観戦席に移動した。
三年の応援の生徒もいたけど、そんなに混んでなかったから固まって席を確保できた。俺は龍哉と並んで座った。
すると、時間差でA組メンバーもやってきて、同じく状況を把握したあと観戦席にぞろぞろと流れて来た。
滝と目が合ったから手を挙げて合図した。

「よー、滝」
「おー。見回りで志賀たちのとこの試合見れなかったけど、決勝おめでと」
「そっちもな」

風紀はこんな日でも見回りとかあんのか。
近づいてきた滝は俺の隣を指した。

「なあ、ちょっとそこ詰めて。俺も座らせてよ」
「いや俺らこれからA組負かすための作戦会議するんだけど」
「まあまあ固いこと言わないでさ」

敵が何言ってんだ。しっしっと手で追い払ったのにぎゅうぎゅうに詰めて座ってきた。龍哉と滝に挟まれて身動きできなくなる俺。
この暑さでさらに暑苦しいことすんなよな。そんな恨みを込めて滝を横目で睨んだ。

「じゃあさっそくだけど、そっちの弱点教えろよ。てか負けろ」
「直球だなー。でもうちのチーム死角なしだから。悪いけど優勝狙ってくよ」

好青年な笑顔でさらっと言っちゃうあたりがムカつく。全然悪いと思ってないな、こいつ。

「あーでも、ひとつだけ不確定要素が――」

滝が言いかけたそのとき、野球グラウンドに駆け込んできた生徒がいた。
猪突猛進な走りで突撃してきたのは、なんと三春だった。

「……もしかして、三春もソフトボール?」

聞くと、滝は苦笑を浮かべつつ頷いた。
俺が試合を観に行ったときは攻撃側だったし、すぐ観戦をやめたせいか三春の存在に気づかなかった。
遅刻したと思い込んだのか、グラウンドに突入する三春。三春が乱入してきたことで三年の試合が一時中断した。
審判の先生に注意されて三春はようやく勘違いに気づいたらしく、顔を真っ赤にしてトボトボとした足取りで観戦席に移動してきた。滝がそんな三春を手招きする。

「三春、こっち。遅かったじゃん」
「ご、ごめん。お茶飲んでて……せ、先輩たちと」

三春が言う先輩ってのは執行部メンバーだ。
会長や副会長たちと優雅にティータイムなんてすげえな。しかもクラスマッチ中だぞ?
昼休みにも見かけなかったから、昼メシも会長たちと食べたのかもしれない。
そのあたり、会長たちの親衛隊はどう思ってるんだろう。変なことに巻き込まれなきゃいいけど。
俺の心配をよそに、三春はこっちに視線を向けると満面の笑顔になった。

「り、リヒト君!あの、あのっ……かっこよかったね!すごかった!打ったとこ、C組の試合!」
「なんだ、あんとき見てたんだ?」
「う、う、うんっ!」

こくこくと頷く三春。そこまですごくないけど手放しで褒められると照れくさくなった。

「つーか三春もソフトボールだったの知らなかったわ」
「えっと、おれ本当は、バレーだったんだけど……」
「そうそう、うちのメンバーが今日一人休んじゃってさ。バレーのほう人数余裕あったから、急遽こっちに入ってもらったわけ。三春、足速いし」

滝が詳細を教えてくれたそのとき、観戦席の端がざわついた。龍哉に脇腹を肘で小突かれて顔を上げた。

「理仁、あれ」
「は?」

龍哉が促した先を見て驚いた。
……天佑だ。萱野と副隊長を従えて観戦席をきょろきょろ見回してる。
突如現れた仁科様に、困惑と歓喜のざわめきが広がる。ヤツが立っている場所だけ空気が違うように見えた。
なにあれ?なんでここにいるんだよ、アイツ。

「理仁探してるんだろ。行ってくれば?」
「え、いや、そうなの?」
「俺に聞かれても」

龍哉にせっつかれて腰が浮く。執行部と不仲の風紀副委員長は笑顔が消えている。遅れて天佑の姿を見やった三春は、うろたえたような足取りで奥の席に隠れた。
存在感がありすぎるってのもときに考えものだ。これ以上騒ぎを大きくしないためにも俺は席を立った。
近寄ると、天佑は綺麗な笑みを浮かべた。何か言われる前にヤツを引っ張って観覧席を離れ、野球場から出た。

「こんなとこ来てどうしたんだよ、お前」
「え〜、理仁の応援に決まってるでしょぉ?でもまだだったんだね」
「ああ、三年の試合が長引いてて」

テニスのときはあんなに遠かった天佑が目の前にいる。
学園指定のジャージに、手首にはリストバンド。長めの髪はターバン風のスタイリッシュなヘッドバンドでまとまってる。スポーツマンスタイルでもチャラさ全開だが、こうして近くで見ると、朝の登校姿と違っていて新鮮だ。
ぼんやり見惚れていたら、親衛隊副隊長が俺と天佑の話に割って入った。

「すみません仁科様、次の試合の時間が、そろそろ」
「あれぇ、もうそんな時間?」
「お前、テニス勝ち進んでんの?」
「うん。いっぱい頑張ってたら疲れちゃった。だから元気になるやつちょーだい」
「元気になるやつ?」

聞き返したその瞬間に、天佑は俺の唇を掠めていった。あんまりにも自然な仕草だったから、一瞬何をされたかわからなかった。
キスくらいどうってことないが、このタイミングでっていうのは不意打ちで驚いた。
言葉もなく見上げると天佑が目を細めた。今日はカラコンをしてない。透き通った明るいブラウンの瞳は、日差しを反射して煌めいてる。

「決勝頑張ってね。俺も優勝するから」
「ああ、うん……」

自信たっぷりに優勝宣言した天佑は、今度は俺の頬にキスをしてから去って行った。
天佑の唇が触れた頬を指で軽く擦る。
何も聞かれなかったけど、俺だって天佑の応援に行ったんだった。せっかく会ったんだし言えばよかった。
ていうかアイツ、付き合ってるやつにはみんなこういうことしてんの?一年のときは行動を把握してなかったから知らなかったけど。
天佑がわざわざこうやって会いに来てくれたのに、素直に喜べないのはどうしてだろう。


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