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首をうなだれさせて低く唸る鬼頭。浅黒い肌に汗が浮いている。

「あ゛ー……クソ、てめぇのせいで気ィ抜けちまっただろうが」
「悪かったって」
「そう思うならさっさと失せやがれ。ソフトボールはもうじきFが勝つぞ。こんなとこで油売ってる場合か」

鬼頭がヤンキー座りのまま凶悪なツラで俺を睨み上げてくる。
こんな口調と態度のくせに、不良で情報屋の鬼頭は妙に親切だ。さりげなく俺クラスの次の試合相手まで教えてくれたんだけど。
そして他のヤツみたいにテニスコートに行けと言わなかったから、なんだか肩の力が抜けた。こいつも俺と天佑の関係は知ってるはずなのに。
脱力ついでに鬼頭の隣にしゃがみ込んで、濡れた髪を無造作に掻いた。

「お前はサボり?」
「あ?見りゃわかんだろが。こんなウゼェ行事やってられっかよ」

手近な小石を拾い上げた鬼頭は、木に向かって投げつけた。大雑把な動きに見えたのにそれはシュッときれいに飛んでいって、幹の真ん中にクリーンヒット。
俺も同じように小石を投擲してみたが、木に到達する前に地面に落ちた。俺、守備サードなんですけど。

「なあ鬼頭。前に天佑が依頼主とか言ってたけど、お前ってあいつとよく話す?」
「……ときどきな」

実のある答えが得られるなんて期待したわけじゃないけど、意外にも返答があったんで鬼頭を見た。俺を睨みつつ下唇を突き出している。

「なに、実はあいつが元ヤンで暴走族仲間でしたとかそういうの?」
「んなわけあるか。族だのなんだのってのは縦社会だぞ、仁科がンな狭ぇ枠におさまるタマかよ」
「たしかに」

冗談まじりの世間話のつもりだったが、鬼頭はこれも懇切丁寧に答えてくれた。同じ情報屋でもどっかの元締めとは大違いだな。
そして二人きりのときは「テン」とかあだ名で呼んでたくせに、俺に対しては「仁科」と固く言う鬼頭。どうもあいつと親しいことを明かしたくないみたいだ。
とはいえこんなとこで取引だとかで神経すり減らしたくないから、そのままおざなりに続けた。

「鬼頭はその縦社会に染まってないっぽいけど、なんか理由あんの?陸上部ヤンキーともつるんでないみてーだし」
「オレぁオレの好きなようにする。それだけだ」

男気溢れるその言葉に思わず感心した。いやさっきまでカツアゲしてたヤツだけど。

「まあ気合入ってんのはいいけどさ、もうちょっと穏便にやれよ」
「るせぇ。チンタラやってたらナメられんだろうが」

鬼頭がまた小石を鋭い角度で投げた。石がコーンといい音をたてて木に当たる。さっきとまったく同じ場所に。
こいつがクラスマッチサボっててよかった。ソフトボールでピッチャーだったら勝てる自信ねえわ。
俺ももうひとつ小石を探して投げようとした。だけどその前に鬼頭が口を開いた。

「志賀よォ、てめぇ仁科について何か探ってやがるらしいな。言っとくが、オレとヤツは依頼繋がりでしかねぇぞ」
「別にそのへんは聞かねーよ。もうそういうの考えんの面倒だし」
「……仁科の部屋に水槽があんだろ。オレんちがペット用品の開発や卸売りしてっから、セッティングやらなにやら頼まれてな」

聞いてないってのに勝手に喋ってくれた。
なるほど家がペット関連事業やってんのか。だから動物好きっていうか、動物の扱いが上手いわけ?

「ふーん。じゃあお前は将来そのペット会社継ぐの?だからこの学校入ったとか?」
「ちげぇ、家業はアネキと妹がやるってババァ命令でもう決まってんだ。オレぁ伯母の探偵事務所継ぐんでな。つっても事務所経営するにもバカじゃやってけねェからよ」
「マジか。かっけぇ」

情報屋と探偵事務所か。ちぐはぐに見える鬼頭の行動が、一貫性を持ってるんだってことがようやくわかった。つーか案外将来設計しっかりしてんな。
それに話を聞いてると、どうも鬼頭家は女系みたいだ。その反発だか反動だかでこの硬派スタイルなのかと思うと腑に落ちるものがあった。
この格好じゃ目立ちすぎて探偵なんてできなさそうだけど、それは先の話だから今は関係ないのか。逆にこのナリで情報屋だなんて思いもつかないし。

もう少し話したい気もしたけど、俺は首にかけてたタオルを再び頭に被って膝を伸ばした。
鬼頭と話したおかげか、行き場なく澱む一方だった気分がだいぶ軽くなっていた。

「まあいいや。お前の言う通りのんびりしてる時間ねーし、そろそろ行くわ。邪魔したな」
「おいコラ待てや、志賀」
「なんだよ?」

さっさと失せろとか言ったくせに鬼頭が俺を引き止める。歩きかけた足を止めて振り返ると、ヤツも立ち上がっていた。
鬼頭の手から小石がヒュッと上に放られた。長いストロークを描いたそれは、青々と生い茂る木の葉の陰に吸い込まれていった。かわりに蝉が一匹ジジッと鳴いて飛び去る。

「――てめぇ、フラフラ一人歩きすんじゃねえぞ」
「はいはい。気をつけるって」

天佑から何を聞いてるかは知らないけど、鬼頭がけっこう……いや、だいぶお節介気質だってことはわかったから、謎の忠告にとりあえず頷いておいた。


それから急いでテニスコートに行ってみたら、四面のうちの東側で天佑の試合真っ最中だった。
しかもその対戦相手が、なんと萱野!
そりゃ二人ともSクラス同士だしぶつかって当然だけど、仁科様とその親衛隊長の戦いってのは注目の的だった。いやもうマジで、観覧席が湯気立つほどの熱気。
全員がコートに釘付けだったから誰も俺の存在に気付くことなく、俺はフェンス越しに遠目で観戦した。

ていうか萱野すげえ。普段あんなお淑やか系なくせしてめちゃくちゃ運動神経いいんだけど。さすがS。
無駄なく機敏に動いて、天佑の打った球の軌道を正確に捉える。
パワーはないぶん天佑の性格や癖を知り尽くしてるというアドバンテージを生かして、ヤツが打ち返しにくそうな球を繰り出しまくっていた。

これで下克上ってなったら面白い展開だったが、上下関係はひっくり返ることなく試合終了。
やっぱり天佑にも親衛隊持ちのプライドってもんがあるらしく、萱野の上を行くスーパープレーで圧勝した。
とにかく親衛隊的に大盛り上がりの一戦だった。

最後に健闘を讃え合う握手をした二人。
どっちも応援するとかいう複雑な試合だったが、面白い試合が見られて満足だった。なんだかんだで見に来てよかったわ。

それからどうしようか迷ったけど、俺はこのまま龍哉のところに戻ることにした。
今はなんか、俺が出ていって声かけたら水を差すような気がする。仁科様親衛隊の結束とか和気藹々としたムードっつーの?そういうのに。
だって俺は隊員じゃないから。それに、俺と天佑の関係を面白くないって思ってる隊員も少なからずいるだろうし。

「めっちゃかっこよかった」「俺も仁科様親衛隊入ろうかなぁ」――興奮気味の声でそんな会話が聞こえてくる。
入隊を断られた身としては、そいつらのことがちょっと羨ましいと思った。


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