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うちわをもう一回よく見たら「ちぃちゃんサイキョーだねっ」とかいう、自前でプリントアウトしたっぽい痛々しい台詞の紙が貼り付けられていた。
投げ捨てたくなった。
そんな風にイヤイヤながら受け取ったうちわだが、持ち歩いてるうちに柄はどうでもよくなった。
持ってると自然と扇ぎたくなるし、風があるのとないのとでは全然違う。うちわ様様だわ。
なのに龍哉を扇いだらすっげえ微妙な顔をされた。気持ちはわかる。わかるから無駄に扇いでやった。
当のちぃちゃんはバスケで大活躍だった。ヤツだけじゃなくてA組全員ハイスペメンバーで、相手クラスぼっこぼこ。
もちろん各務様親衛隊の応援も熱かった。
俺と龍哉は何故か親衛隊に混じって一緒に声援を送るはめになったんだけど。しかもど真ん中で。
せっかくだから「まちゅりんが見てるぞー」とか言いつつうちわを振ったら、あいつスリーポイント決めやがった。
俺に向かって親指立ててたけど、ごめん千歳、俺はお前の趣味を全く理解できない。あとバスケ部入れ。
誰の目から見てもA組優勢のままゲームがひっくり返ることなく、千歳チーム完全勝利。
思ったより早く終わったもんだから、その場で千歳待ちしつつダラダラした。
「あの、志賀さん、もう少しで仁科様の試合はじまりますよ?時間大丈夫ですか?」
名前も知らない各務様親衛隊員から控えめに言われてポカンとした。
なにその、「ここはいいから急いで行って!」って感じの心配そうな顔。試合時間とか言われても知らねえし。
まさか親衛隊同士でタイムテーブルの情報交換でもしてんの?つくづく謎の組織だな、親衛隊。
おまけに龍哉からも視線がちくちく突き刺さるもんだから、仕方なく重い腰を上げた。
「一緒に行ってやろうか?」
「だからいいって。ちょっと見たらすぐ帰ってくるし。つーか去年みたくフェンス外だから」
龍哉からの申し出を断って、ついでにまちゅりんうちわを押し付けてタオルだけ持って体育館から出た。
外に出たら耳が塞がる感じがした。セミの鳴き声が飽和しすぎて、もう音として俺の耳に入って来ない。
こんなに足の動きが鈍るのは暑さのせいだ。だいたい、別に俺が行く必要なんてないんだし。
さっさと行ってすぐ戻ってくればいいと思う反面、テニスコートまで歩いていくのが億劫だ。
こんな猛暑のなかスポーツなんてどうかしてる。せめて水浴びてえな。プールに入りたい。
「溶ける……」
できるだけ日陰を選んで校舎に沿って歩く。タオルを握る手が緩んできたから、日差し避けのためにも頭にそれを被せた。
この時間になると敗退クラスの生徒が増えるが、二日目の午後は三年の決勝戦もあったりするからか、うろついてる生徒は少なかった。
どこかから応援の声が響いてくる。
「あーやべ……死ぬわこれ。水、水水水……みず……」
ブツブツ独りごちながらのろのろ方向転換した。
どうしてこんなに行きたくないんだろ。天佑のもとに。
――きっとアレだ、周りの『お前ら付き合ってんだろ?』的なムードが落ち着かないんだよな。
一緒に寝起きしてるわりに俺とあいつはデートすらしてない。
デートしよう、と言ったわりにそれ以降その話題はちらりとも出ない。ヤツが乗り気じゃないんだなってことくらいアホな俺でもわかる。
天佑とは『今』の話しかしない。『先』の話がない。
いや、こんなこと考えんな俺。考えても意味ないし、無駄にモヤモヤが増すだけだろ。
この暑さがいけないんだ。ぼーっとするから変な方向に思考が逸れていくんだよ。
とにかく日陰に行きたくて、校舎のかげにある水飲み場まで移動した。
クラスマッチ中はスポドリ配布してるし、今の時間帯は絶賛試合中なせいかそこには誰もいなかった。
無人なのをいいことに、蛇口を上に向けて思いっきり水を出した。
水を飲むついでに顔を冷やす。ぬるい水でも気化熱効果でいくらか冷えた。髪まで濡れたけど、汗も流せたことで気分が上がる。
そうなると現金なもんで、天佑の応援に行くことに前向きになった。早く行かないと試合終わっちゃうかもしんないし。
水気を雑に拭いて水を止める。すると、すっきりしたせいか聴覚までクリアになった。
ここに来たときは気づかなかったけどすぐ近くに人の気配がある。ていうか話し声がする。これは二人……か?
それだけだったら気にせず立ち去ったんだが、その口調が穏やかじゃなかったから、声のするほうへと足を向けた。
「――っ、ない――」
「そんな――、――るな!」
なんかやばい感じすんな、マジで。
急いでその場所へと行くと、じめじめした陰の落ちている校舎の隅で二人の生徒が言い争っていた。
いや争うっていうか、片方が一方的に声を荒げている。
しかもその怒鳴ってるほうに見覚えがあったから、俺は目を瞠った。
「鬼頭……?」
鬼頭は相変わらずの真っ赤なリーゼントが目立っていて、Tシャツにボンタン姿だった。
ヤンキーらしくクラスマッチに参加する気は毛頭なさそうだった。そのヤンキーはこれまた不良の鑑みたいなことをしてる。
「――オラてめぇ!どう落とし前つけてくれんだ!?オォ!?」
「ど、どうって、俺は何も……ヒッ!」
腕に包帯を巻いたソフトモヒカンのイケメンが、鬼頭に胸倉をつかまれてつま先が若干浮いていた。
ソフモヒ君は見学組なのか、体操着じゃなくて制服着用だった。
「ぅ、ぐ、は、放して……」
「てめぇのせいで骨が折れたんだよ、こっちはよォ!」
どこも折れてなさそうだけど!?すっげーピンピンしてるけど!
古式ゆかしいチンピラ現場にちょっぴり感動しつつも、「誠意見せろ、誠意をよォ!」という台詞で我に返った。
いやいや駄目だろ。鬼頭が不良なのはわかったが恐喝はやっちゃ駄目だろ。
「おいおいそこまでにしとけって、鬼頭」
慌てて声をかけると、鬼頭は俺のほうを振り向いて胸倉を掴みあげた手を緩めた。
「チッ……志賀か。邪魔すんじゃねェよ」
「見ちゃったからにはそういうわけにもいかねーじゃん?」
首元を絞められてたせいで真っ赤な顔のソフモヒ君に向けて「行けよ」っていう視線を送ると、彼はペコペコ頭を下げながらそそくさと退散した。
その姿を見送った鬼頭が、不機嫌そうに顔を歪めて悪態をつく。
「クソッ、逃げられたじゃねえか」
「まあ誠意とやらは勘弁してやったら?何あったかは知らねーけどさ」
「知らねェなら首つっこむんじゃねえよダボが!」
犬歯を剥き出しにしてイライラ最高潮らしい形相にはビビッたが、鬼頭はすぐに諦めたようにヤンキー座りをして地面に向けて軽く唾を吐いた。
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