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三人してカタカタと電卓を叩いたり、パソコンのキーボードを黙って打ち込む。

近く体育祭があるから、そのあたりの予算の監査を行っている。クラブ活動のほうも新入生が本入部してそろそろ本格的に動く頃だし、少し前倒しで計画を練っている。


三十分ほど書類とにらめっこしたあと、凝った肩をぐるぐると回して伸びをした。

「んー……そろそろ休憩にしない?」
「賛成」
「さんせーでーす!」

顔を上げた二人からのんびりとした声が上がる。

三年の監査委員長は、田中先輩。眼鏡をかけたおっとりとした人だ。
和風美人っていう佇まいで、俺はいつもこの人に癒されている。男の人だけどね。

そして一年の委員は、峰岸君。やたら元気がいい柴犬みたいな後輩君。
ツンツンした茶髪が余計そう思わせる。俺よりデカイ図体してるくせになんかカワイイ。

「あ、これ差し入れ」

鞄の中から昼休みに一年君にもらったチョコと、眉毛先輩たちからもらった焼き菓子を出すと、ミネ君がきらきらと目を輝かせた。

「うおお!?これメッチャ有名店じゃないですか!姉貴がここの店のマドレーヌ好きなんっすよ!ゴチになりまーす!」
「いつもありがとう志賀君。やっぱりデスクワークしてると甘いものが欲しくなるよねぇ」
「ですよねー」

俺がキスしてもらってきた菓子だということは二人には明かしてない。
まあどこかから噂は聞いてるとは思うが、あえて俺からは言わないことにしている。

「田中先輩はコーヒー?」
「うん」
「ミネ君は……」
「あっ、おれが淹れるっす!先輩いつもお茶汲みじゃないっすか!」
「ダメに決まってんだろ。お前に任せたら仕事が増えるっつの」

ミネ君はドジっ子といえば可愛いけどとにかくそそっかしいから、以前に茶葉やコーヒー豆を派手にぶちまけられたことが何度もある。

最悪だったのはミネ君が着任後すぐくらいの頃。
監査済みの書類にコーヒーを零されて、あの恐怖の風紀委員会にもう一度書類を書いてもらうよう土下座しに行った黒歴史まである。
データ入力の執行部と違って風紀委員は手書きが基本だから、マジで殺されるかと思った。

頭の回転は速いし事務仕事は正確なんだけど、どうにも別の所が抜けてるんだよな。


俺は紅茶を飲むからミネ君も強制的に同じものを淹れる。
ティーブレイクしながら他愛ない世間話をするのが、俺の楽しみだ。

「――つーかさっきツレからちょっと聞いたんだけど、来週ウチの学年に編入生が来るらしいんだよね。二人とも知ってた?」
「えっ、初耳だなぁ」
「こんな時期に?入学式に間に合わなかった理由でもあるんすかね!」
「やっぱ知らねーか……」

まあ編入生は二年らしいから、別学年の二人が知らないのも当然かもしれない。
すると田中先輩が麗しい顔を少し曇らせた。

「……先輩どうしました?」
「いや……うん、なんでもないよ」

珍しく歯切れの悪い田中先輩に、俺は違和感を覚えた。
もう一度尋ねようとしたら、ミネ君がでっかい声を上げた。

「あああああ〜!!」
「……うっせーな、何だよミネ君」
「こ、こ、これ……っ」

まるでこの世の終わりみたいに顔を青褪めさせたミネ君の手元を田中先輩と一緒に覗くと、二人で首を傾げた。

なんのことはない書類だ。特におかしなところは見当たらない。
あとは生徒会長の印鑑をもらって終わりの書類。

「……これがどーした?」
「こ、この数字の末尾……間違ってるっす」
「はあ!?」


あの執行部が間違い!?


俄かには信じられなくて、ミネ君から書類を奪い取って見直した。

指摘の箇所をよく見てみれば、たしかに数字一つ間違ってる。でも最終的な数字は間違ってないから打ち込みのケアレスミスなのだろうか。

「明日は槍が降る……」
「槍は普通の傘じゃ防げないよねぇ。中華鍋被って登校すればいいかな?」
「委員長ナイス天然っす……」

そして三人して互いの顔を見回した。
これを誰が指摘しに行くか、という大問題が発生したのだ。

「おい、お前が発見したんだからお前行けよ、ミネ」
「むむむむむムリムリムリ!おれ死ぬ!死にます!やっぱりここは最高責任者の委員長が――」
「あの、僕は持病の執行部アレルギーで蕁麻疹が出るから……」

田中先輩が演技がかったウソ臭い咳をするから思わずツッコんでしまった。

「ないでしょうがそんな持病!……よし、親衛隊を呼ぼう」
「生徒会室は一般生徒は立ち入り禁止だよ?」
「っすよねー」

仁科に電話して取りに来てもらえば手っ取り早いのだが、俺と仁科は(一方的に)冷戦中だ。
縋るような二人の視線に、俺はガシガシと頭を掻いた。

「あーもーわかった!俺が行ってやるよ!」
「さすが志賀君!」
「先輩かっこいい!抱いて!」

そんでついでに生徒会補佐のケー番ゲットしてくる!

今までこんなことなかったから書類の持ち運びは彼らに任せてたけど、こういう緊急時に絶対必要だ。
正直俺らの誰もあの生徒会役員に直接関わりたくない。



絶対に厄介事しか起こる予感しかないから。




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