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味のなくなったガムを捨て紙に包んでそんなことをぼんやり考えながら廊下を歩いていると、曲がり角の向こうからにゅっと長い腕が伸びてきて俺を掴んだ。

「うわっ!?」

驚いて身構えると、壁に追いやられ両腕で閉じ込められた。
嗅いだことのある香水の香りがふわっと鼻を掠めて、俺は壁ドンしやがった輩を睨み上げた。

「ハァイ、志賀ちゃん」
「仁科……」

至近距離にある、恐ろしく整った美貌。泣きボクロがやたらと色っぽい男前。

完璧にセットされている金に近いミルクティーベージュの明るい色の髪に、両耳に穿たれたピアス。

シャツのボタンを二つ開けてゆるめられたネクタイ、シルバーの細いネックレス、ごつい腕時計と両手にいくつかの指輪。

それは、生徒会役員・会計の仁科天佑だった。

その類稀なる美形さとチャラいことで有名。もちろん外見を裏切らない遊び人。下半身でモノを考えるような最低野郎。

しかし大企業の長男で、成績優秀、スポーツも得意。
生徒会執行部の役員はどいつも外見、能力ともに天上揃いだが、そこに籍を置いている仁科もやはり化け物スペックだ。

その仁科がにっこりと微笑んだ。その気安い笑みは数多の善良な一般生徒を惑わせる。

「相変わらずだねー志賀ちゃん」
「何のことだよ」
「みんなのキスフレ」

からかうように仁科が言う。
間延びした喋り方とそのエロボイスはノンケ野郎も勃起すると言われてるほどだ。

「うっせーな、ほっとけ」
「ねーぇ、俺とちゅーしよ?」
「ハッ、断る」

くくっと仁科が喉で笑った。それが無性に気に障る。

「なんでぇ?去年はいーっぱいしたじゃん」
「そんなもん関係ねーよ」
「えー?俺、志賀ちゃんのキスだーい好きなのに。だって気持ちぃもん」

目を細めた仁科が俺の唇をするすると指でなぞる。そのいやらしい指使いに顔を顰めた。
嫌なことを思い出しそうになって俺はその手を振り払った。

「死ねよ」
「えーひどぉい!俺だけダメとかイミフ〜」

言いながら自然な仕草で唇を近づけてくる。俺はそれを避けるように顔を背けた。
そうすると、仁科の弾力のある形のいい唇が俺の頬に触れた。それで終わってくれりゃいいのに、耳朶にもわざとらしいリップ音を立ててキスをする。

ふふ、と笑いながら耳に直接息を吹き込んできて背筋がぞわりと粟立った。

「生憎俺のキスは有料なんでね」
「何が欲しいのー?志賀ちゃんにならなんでもあげちゃうよん」
「いくら積まれたっててめーとはやんねぇよバーカ」
「んーそんなエロい顔で言われても説得力ない〜」
「意味分かんね。つか離せ」

ぐい、と腕で仁科を退けるとヤツはあっさりと俺を解放した。

「萱野ちゃんから聞いたよ?最近してんだってね。あの子がベタ褒めしてた」
「てめーの親衛隊はてめーに似てゆるっゆるだよな、色々と」
「あれれ勘違いしないでほしーな。別に親衛隊だからって俺に操立てなきゃいけないなんてルールないし。それにたかがキスでしょお?」



ホンット、こいつって――最低だ。





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