忘却大陸物語・噂のエリオット▼説明
2015エイプリルフール企画で『志賀君と忘却大陸の世界観を交換する』という案を考えたんですが、魔法使な志賀君を考えてる間に別の案(志賀君アンソロ)のほうが面白そうだなと思って却下しました。
それの途中まで書いた小話です。
※ジン×エリです
※深く考えてはいけません
◇
『噂のエリオット』
皇鐘台学園に昼休みを告げるチャイムの音が響き渡る。
世界史の教師であるエリオットが四時間目の授業を終えて職員室に戻ると、部屋中に充満する香ばしい匂いに迎えられた。条件反射のようにぐぅと腹が鳴る。
「あ、来た来た」
そう言って振り返ったのは鮮やかな橙色の頭髪の男。前髪をピンで留めていて、派手な印象の否めない姿だ。
切れ長の灰色の瞳に、口元にほくろがあるのが特徴的である。
出会ってから数ヶ月も経っているのでさすがに見慣れたが、相変わらず目を惹く容姿だ、とエリオットは思った。
「ジン」
「遅かったね?もう用意出来てるよ」
職員室でエリオットに割り当てられているデスクの上には折り詰め弁当が乗っている。そしてその席に我が物顔で腰掛けているのは、ジンイェンだ。
彼は、エリオットと同じくこの学園の職員である。しかし教師ではない。――食堂の調理師として働いている。
全寮制のこの学校では教師も生徒と同じ食堂を利用する。けれど朝のうちに食堂に連絡をしておけば、職員室に弁当を配達してもらえる。
エリオットは食堂の賑やかさ、騒がしさが苦手なので昼はほとんど配達弁当だ。
春からこの学園で働き出したジンイェンが毎回といっていいほど弁当を届けてくれているので、彼とはすっかり顔なじみになってしまった次第だ。
頻繁に職員室に顔を出す彼は他の教師とも懇意にしており、恐ろしいほどこの場所に馴染んでいる。
ジンイェンは立ち上がってエリオットの席を空けた。
「今日のランチはサバの塩焼きだよ」
「そうか。美味そうだな」
「それと、夕食のお誘いね」
声を潜め、悪戯っぽい笑みを浮かべるジンイェンの意図することに気付いて、エリオットは少しだけうろたえた。
エリオットの席は職員室の端にあるから会話は周囲にほとんど聞こえないとしても、それでもこの場所でするような類の話ではない。
「……ジン」
「ね、ビーフシチュー作ったから俺の部屋に食べに来て」
ビーフシチューと聞いて心が揺れる。何度か彼の作ったものを食べたが、肉がほろりとほどけるほど柔らかく絶品で、エリオットの好物のひとつだ。
もっとも、彼の作る料理で嫌いなものなどひとつもないが。
「いや、だが、今日はちょっと」
「厨房借りてパンも焼いたんだけど」
「……その、一昨日もきみの部屋に行っただろ?」
「この前、アンタの実家から送られてきたっていう赤ワインも持ってきてくれるとうれしーな?」
「…………」
フルボディの赤ワインと濃厚なシチューの組み合わせを想像してごくりと喉が鳴る。
ジンイェンの手料理に魅せられてしまっているエリオットに、この誘惑から逃れる術はなかった。
それを見透かされていることが少し悔しく、憎らしい。――そしてそれ以上に、恋人からの誘いを嬉しく思わないわけがない。
「……何時に行けばいい」
「今日は夜ナシだから、アンタの都合のいい時に、いつでも」
学園の生徒や職員の食事を朝から晩まで引き受ける食堂で働くジンイェンは、基本的にまかないで食事を済ませている。しかし今日はエリオットのために午後に休みを取ったらしい。
エリオットは照れを含んだ小さな声で「わかった」と応えた。
ジンイェンの部屋は教職員の部屋とは異なる。まず広さが違う。そして間取りも。
エリオットの部屋よりも数段ランクは劣るが、隅から隅まで掃除が行き届いていて、エリオットは気を抜くとずっと彼の部屋に入り浸ってしまう。
なにより提供される料理が素晴らしい。味覚と食の好みにぴったりと合うのだ。
そしてそのあとに濃密な恋人同士の触れ合いになるあたりも、エリオットを堕落させる一因だ。
満足な夕食が終わると、一緒に風呂に入りたいというジンイェンに請われ二人でバスルームに入った。
浴槽に湯を張り身を屈めて沈んだ。狭いため否応なく密着しながら、しばらく今日あったことなどの他愛ない会話をする。
しかし、会話が途切れるなりどちらともなく唇同士を触れ合わせた。軽いキスを重ねるうちにそれは徐々に深くなり、抱きしめ合いながら舌を絡めるまでになった。
ひとしきりディープキスを堪能したあと、ジンイェンがくすりと微かに笑った。
風呂場の蒸気と蕩けそうな口付けにぼうっとなりながら、エリオットは突然笑い出した彼を見つめた。
「……ジン?」
「あーごめんね。ちょっと色々思い出してた」
「何を?」
「いやー、まさかアンタとこんな関係になるとは思わなかったなーって」
そう言って再びエリオットの唇に軽くキスをするジンイェンはひどく穏やかな表情をしている。
ここに至るまでの道のりを思えば、たしかに不思議な感じがした。
全寮制男子校の教師と、その食堂の調理師。学校という職場は同じかもしれないが、立場やテリトリーは全く異なり、接点の限りなく薄い関係。
それがどういった巡り会わせか、こうして想い想われる関係に落ち着いているのだ。
ジンイェンはエリオットの上気して湯に濡れた肌を指先で撫でた。その指は流れるように胸にまで滑り、小さな乳首をやわく摘んだ。親指の腹で優しく潰したあと摘み上げて転がせば、そこはすぐに芯が立つ。
エリオットがくすぐったそうに身を捩るが悪い感触ではない。むしろその腰の捩り方が、誘っていると言わんばかりに色艶のある動きをする。
「あ……ジン……」
「つーか、エリオットがこんなにやらしーとは思わなかった」
「誰のせいで……」
「やだなぁ、人聞き悪い」
笑いながらジンイェンの薄い唇がエリオットの耳朶や首筋をゆっくりと辿る。
じれったい愛撫に、エリオットは心地良さと物足りなさの両方を感じていた。ジンイェンの性技は実に巧みで、エリオットは何度その手管に啼かされたか分からない。
「……きみだからだ」
「え?」
「きみじゃなかったら、こんな風にはならない」
淡色の瞳を潤ませたエリオットの下腹部は、湯の中でそそり立っていた。
他人に触られることを厭うエリオットが、少し触れられただけでこんなにもはっきりと反応してしまうのは、技巧の良し悪しよりも彼のことを心の底から好いているからだ。
エリオットの匂い立つような色気にあてられたジンイェンは、眩暈から逃れるように天井を仰いだ。
「……ヤバ、のぼせそ」
「僕もだ……」
言いながら、二人は熱く濡れた肌を触れ合わせた。
end.
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