貴方のことが好きなの。
久しぶりに外の空気に触れた九尾ーー九喇嘛は目を丸くして己の手や足を見下ろす。
「まさか本当に封印を解かずに儂を外に出してしまうとは……それも人の姿で。いくらこの姿でバレぬとはいえ、こんな事が里に知られたらどうなるか分かっておろう?」
もしこのことがバレてしまったら彼女が危ないのではないのかと、ナルトの心配をする九喇嘛をよそに、当のナルトはというと頬を赤く染めてモジモジしていた。
「ナ、ナルト?」
何故そこで頬を染めるのか。
今のどこに頬を染める要素があったのだろうかと九喇嘛は戸惑う。
下を向いていたナルトは勇気を出して顔を上げた。
「あのね……この件が終わったら九喇嘛に伝えようって思ってたことがあったの」
まるでこれから一世一代の何かをするように決意に満ちたナルトの眼差しに、一体何をと身構える九喇嘛だが……。
「ーーーー九喇嘛が、好き」
「は?」
ナルトの口から飛び出た、全く予想だにしていなかった言葉に九喇嘛の思考が停止する。
「ずっと好きだったの。ーー初めて九喇嘛と出会った時から」
好き、という単語を再び耳にして「ああやっぱり聞き間違えじゃなかったのか」と、頬を染めて自分を見つめる彼女を困惑しながら見下ろした。
空のように鮮やかな蒼い瞳にはっきりと浮かぶ恋情を九喇嘛は認めざるを得なかった。
そこに冗談も嘘も一切見受けられず、初めての出来事にただただ困惑する。
「九喇嘛に会うまで私はずっと里の人たちから嫌われて、恨まれて、憎まれてきた。何時だってこの世界は私には優しくなかったけど……でもね、九喇嘛と出会って初めて生まれ来て良かったって思えたの」
本当に幸せそうに微笑むナルトに言葉を失う九喇嘛。
「最初はね、ただ九喇嘛と言葉を交わせるだけで幸せだった。でも私は欲張りだから、それだけじゃ我慢できなくなっちゃったみたい。ただ貴方のそばにいるだけじゃなくて貴方の唯一になりたいの」
「な、ナルト!?」
蒼い瞳を潤ませ、熱い眼差しで自分を見上げるナルトに動揺し、無意識に一歩後ずさる。
「ねえ九喇嘛。私、九喇嘛が好き……好きなの」
「い、いや待て、お、落ち着け」
後ずさる自分に対し、グイグイと迫ってくるナルトを何とか抑えようとするが、ナルトにはその姿が自分を軽くあしらってるようにしか見えず、ズキリと胸が痛くなる。
次第に彼女の目からは光が消えーー。
「……どうして」
「な、ナルーー『九喇嘛は私のこと、嫌いなの?』
「っ、嫌いなわけなかろう!」
悲しそうに目を揺らすナルトを見て、咄嗟に反射的に言い返す九喇嘛。
「なら……なんで逃げるの?」
「い、いや……ほ、ほれ、儂は九尾じゃし。そもそも人と尾獣では種族が違いすぎるじゃろう?」
「そんなこと関係ない」
「っ、と、年も違いすぎるぞ」
「愛に年の差なんて関係ないもん!」
「(はあ……どこでそんな言葉を覚えてきたんじゃ)」
「もしかして、他に女がいるの?」
まさか、とギラリと目を光らせるナルト。
「は?」
「そう……そうなのね……」
否定も肯定もしない九喇嘛に無言は肯定とみなしたナルトは一人納得したように、今にも人を殺しそうな顔で頷く。
「いやいやいや待て待て待て! 無表情で苦無を研ぐでないわ! わ、儂に女などおらん! よく考えてみろ。ずっとお主の中にいたんじゃ。無理に決まっておろう!」
「なら、どうしてナルじゃダメなの……」
「い、いやっ……じゃから……」
「ナル、九喇嘛一筋だよ。浮気なんて絶対しないし、九喇嘛が望むなら私、どんなことだって叶えてあげる。木の葉を滅ぼして欲しいなら今すぐ滅ぼしてあげるし、封印を解いて欲しいって言うなら今すぐ解いてあげる。もし九喇嘛が私に死を望むならナルはーーーー『ナルトッ!!』
自分の命を軽く考えるナルトにカッとなって九喇嘛は怒鳴ってしまう。
彼女を取り巻く環境のせいか彼女は自分の命を軽んじる傾向にあり、本気で今言ったことをやりかねない危うさがナルトにあった。
自分を大事にしないナルトに不安と苛立ちを募らせる。
「あっ、…………くらまっ、……ま、まって……ごめんなさい。お願いだから、嫌いにならないでッ。九喇嘛に嫌われたら……私っ、ーーーー」
誰に嫌われても九喇嘛にだけは嫌われたくないと、嫌われたかもしれないという絶望からナルトの目から涙がボロボロと溢れる。
彼女の涙を見てハッと冷静になり、慌てて彼女を慰める九喇嘛。
どうしてだろうか。彼女の涙を見ると胸が痛くなって仕方がない。
「な、泣くなナルト。怒鳴った儂が悪かった。じゃが、簡単に死ぬなどと口にしてはならぬ。よいな?」
「(こくり)」
「ほれ、もう泣くでないナルト」
「うっ、ひっく……なら、結婚を前提にナルと恋人になってくれる?」
「い、いや、それとこれとはーー」
どさくさに紛れて結婚まで話を飛躍させるナルト。
一気にハードルが上がり九喇嘛はタジタジになる。
「くらま、すきなの……だめ?」
「(きゅん)」
恥じらうように目元を赤く染め、上気した頬に、縋るような上目遣い。
そして、甘えるようにコテンと首を傾げた可愛らしい彼女の姿に、ズキュンとハートを打ち抜かれた九喇嘛は無意識に頷いてしまうのだった。