その病の名は恋煩い
ーーナルトは最近、悩んでいた。
それはもう、激しく悩んでいた。表の任務に支障が出るほどまでに。
押して、押して、押しまくり、最終的には泣き落として、半ば強引に恋人の座をもぎ取ったナルト。
晴れて念願の恋人になった訳なのだが、いつまで経っても一向に自分に触れてこない九喇嘛に次第に不安を募らせていく。
手を繋いだり、腕を組んだり、抱きついたりと行動を起こすのはいつも自分ばかり。
九喇嘛に捧げるため、誰にも奪われないように、と大事に大事にファーストキスを守ってきたナルトは落ち込み、任務どころではなかった。
たとえ自分のことを何とも思ってなくても九喇嘛の恋人の座が手に入るならそれでもいいと思ってたのに、一方通行な想いがこんなに辛いなんて思わなかった。
そんないつもと様子の違うナルトに、同じ班であるサクラたちは、一体どうしたのかと不審がる。
このままでは任務に支障が出ると判断したカカシは、ここは同性であるサクラに探りを入れてもらうよう頼んだ。
任務を終え、解散となり、そのまま帰ろうとするナルトを珍しくサクラが引き止めた。
たまには二人で何処かに行かないかとナルトを甘味処に誘った。
「ねえナルト……最近、どうしたの?」
目の前に餡蜜が置いてあるのに一切手をつけず、ボーとしているナルトをテーブルに頬杖をついたサクラがじっと見つめていた。
「え?」
「任務中もずーっとぼんやりしちゃってナルトらしくないじゃない。あたしもカカシ先生もサスケくんでさえ、気付いてるのよ?」
「!」
サクラの言葉にナルトの目が一瞬動揺で揺れる。
「その様子じゃ図星ね。で、本当にどうしたのよ?」
カカシから頼まれたはいいが、サクラにはナルトが何に悩んでるのか全く検討もつかなかった。
一方、サスケに恋をしているサクラならもしかして、と思ったナルトは重い口を開いた。
「…………ねぇ、サクラはサスケが好きなのよね?」
「え、ええ……」
予想外な質問にサクラは不審を抱く。
ま、まさかナルトもサスケくんのことが?
「実はね、私にもずっと前から好きな人がいるの……」
「えっ、(ナ、ナルトに好きな人がいたなんて……まさか本当にサスケくんじゃあ……サスケくんが好き、だなんて言われたらどうしよう。てっきりナルトはサスケくんには興味がないんだとばかり……)」
「でもね、彼が私の事をそういう対象として見てない事なんて分かってたの。けど、諦める事なんてはなから考えてなかったから、押して押して押しまくって最後は泣き落として、やっと彼女の座をゲットしたの」
両の手を胸の前で組み、頬を赤く染めながらうっとりとするナルト。
「そう、やっと幼い頃から好きだった彼と恋人同士になれたの」
勝手に悦に入るナルトをよそに、サクラは思い掛けないナルトのセリフに驚いて、慌てて勢いよく立ち上がった。
「は? え? ちょ、ちょっと待ってナルト! 片思いじゃなくて恋人がいるって事!?」
嘘でしょー!?と大声で叫びながらナルトの肩をがしっと鷲掴み、ガクガクとその肩を揺すった。
「(ポッ)……うん」
「はぁあああ? ちょっと、だ、誰よ! サスケくんじゃないみたいだし、え? ほんと誰? ま、まさかシカマル? キバ? それとも、え、シノ? ちょっと待って、カ、カカシ先生とか言わないわよね!?」
いつの間にか彼氏だなんて大層なものを作っている仲間に、誰よ誰なのよといきり立つサクラ。
一体誰なのだと知ってる男を次から次へと挙げていくが………。
「まさか! 彼と比べたら他の男なんて月とスッポンだわ」
と、容赦なくはっきりと一片両断されたサクラは頬をひきつらせる。
何もそこまで言わなくても、と名前を挙げた彼らに同情した。
「で、その人となんかあったって訳なのね」
「…………違うの」
なるほどねーナルトは恋煩いだっのか、と上の空だった理由に納得するサクラだったが、一転してしょんぼりと俯くナルトに再び目を丸くする。
どういうことかと不思議がるサクラをよそにナルトは勢いよく顔を上げて叫んだ。
「逆なの! 何もないの!」
「?」
「手を繋ぐのも、腕を組むのも、抱きつくのもいつも私……。彼は困った顔で優しく笑うだけ。彼のためにファーストキスだってずっと大事に取っておいたのに……彼は全然私に触れてもくれないの」
「!?!?!?」
目に涙を浮かべながら告げたナルトの言葉にギョッとするサクラ。
まさかの大胆な発言に内心荒ぶる。
ちょっと『ファーストキス』って……『触れてくれないの』って……ナルトあんた何言っちゃってんのよ!?
「…………私って全然魅力ないのかな」
荒れ狂うサクラの気持ちなんてお構いなしに、ナルトは自分には魅力がないのではないかと落ち込んでいた。
「な、ナルトって見かけによらず恋に情熱的なタイプなのね……あはは、あは」
あのナルトの口から飛び出た言葉の数々に、まさかナルトの口からそんな言葉を聞くなんてと、恋人だと言う相手へののめり込みように若干引いていた。
「……やっぱり私みたいな小娘、彼にとったら恋愛対象外よね。彼は優しいから私なんかと付き合ってくれてるんだって本当は分かってるの。でもね、それでも私は彼と別れたくないの。最初はね、会えるだけで良かった。それが言葉を交わすようになって、彼の側にいるようになって、いつからか欲が出ちゃったの……彼が欲しいって。他の女になんか渡したくないって」
激情にかられた碧い瞳に、溶けてしまいそうなほど熱い炎が浮かび上がった。
その瞳に写るのは、愛しいあの人ただひとり。
その瞳を正面から見てしまったサクラは息を呑む。
「嗚呼どうしよう……ねえ、どうしようサクラ! 私、彼にだけは、彼だけには嫌われたくないのっ。彼に嫌われたら私っーーーー」
愛する彼に嫌われたところをリアルに想像したナルトの目からブワッと涙が溢れた。
「っ、泣かないでナルト。その彼が好きだってよく分かったから……」
人目を憚らず、ボロボロと大粒の涙をこぼすナルトに動揺する。
「ひっく……うっ……ひっく……」
「…………本当に、好きなのね」
「(こくん)」
普段あまり表に感情を出さない少女が一人の人を想い、好きなのだと、嫌われたくないないのだと声をあげて泣く姿が自分と重なり、胸がギュッと締め付けられる。
「なら、その気持ちをそのまま彼に伝えてみたら? 言葉にしなきゃ伝わらないんじゃない?」
まあ人のことは言えないんだけどね、とサクラは苦笑した。
「それに、もういっそのこと待つんじゃなくて奪いにいけばいいのよ!」
「?」
「だ・か・ら! キスしてくれるのを待つんじゃなくて自分から奪うのよ!」
その言葉にナルトはパアーッと目を輝かせる。
「ね? それならーー『バンっ!』
サクラの言葉を遮って、ナルトはテーブルを叩くと勢いよく立ち上がった。
「それよサクラ! そうよそれだわ! バカみたい私……待ってるだけじゃダメなのに。奪ってくれないならこっちから奪うまでよね!」
「え、ええ……」
先ほどまでのしおらしさは何処へやら、目を爛々と輝かせ、生き生きし始めたナルトにポカンと目を丸くする。
「ふふふっ……ありがとうサクラっ! 今から彼のところに行ってくるわ。このお礼はまた今度、改めてさせてね!」
矢継ぎ早にそう告げるとナルトは二人分のお代をテーブルに置き、台風のように去って行った。
「え、ええ………って、ナルト、普段は冷めてるのに恋すると相手に盲目的になるのね……知らなかったわ。それにしても相手が誰だか結局、聞けなかったわね。あのナルトを射止めるなんてどんな人なのかしら」
嵐のように去っていった同班の少女を唖然と見送っていたサクラは我に帰ると、明日朝一番にナルトにどうなったのか聞かなくちゃと内心呟く。
ナルトの相手が実は人ではなく、尾獣である九尾だとサクラが知るのは、一途なナルトの恋の相談にさんざん乗り、二人の恋を本気で応援するようになった大分後の事だった。
ナルトの相手があの九尾だと知ったサクラの仰天具合は推して知るべし。
翌日。
「それでサクラ、結局ナルトとどんな話したのよ? 今日のナルト、凄いご機嫌なんだけど……」
「ふふ、女同士の秘密です!(あの後、上手くいったみたいね)」
「えー! 先生にも教えてよー」
「ぜーったい内緒です!」
「ケチー(ま、元気になったみたいで良かったけどね)」
サクラとカカシが会話する横で、なんだかんだと同班の少女を気にかけていたサスケは、サクラとナルトがどんな話をしたのか気になったものの、元気になったナルトを見て密かに安堵したのだった。