スノーフレーク・シロップ
目が覚めると、ナマエが自分がどこにいるのか気付いた。
「やっとお目覚めかい?」
甘いキャンディの匂いの立ち込めるその部屋は、キャンディ大臣の部屋。ペロスペローは椅子に腰掛けて、こちらを見ていた。
ナマエは寝ていた体をソファから起こすと、頭に手をやった。とても、痛い。割れるほどではない、ただ鈍く重い痛みが響く。
「...どうして、」
どうして私はここにいるんだろう。私は仕事でコムギ島を出て、それから..?
ああそうだ、ペロスペロー様に挨拶をしようと思ってキャンディ島に寄ったんだった。それで...
「なあに、ちょっと疲れて寝てしまっただけだろう?それくらい怒られないさ、ペロリン♪」
「はい...」
そうだ。仕事で疲れて少し眠ってしまったんだ。そこで気を利かせてくれたペロスペロー様がリラックス効果のあるお茶を飲ませてくれたんだった。
「お見苦しいものを見せてしまって...。私はもう失礼しますね」
「そうか、ならカタクリによろしくな」
「カタクリ?」
なんだ、まだ寝ぼけているのか、とペロスペロー様は笑う。
「自分の夫だろう?忘れてしまったのか?ペロリン♪」
「夫...?」
夫...。ナマエは左手の薬指に光る存在を確かめた。ああ、そうだ。結婚していたんだ。
「お前たちは数少ない恋愛結婚だったからなァ。他の兄妹達にも羨ましがられてるんだぞ?」
「それは光栄です」
私には夫がいて、それはカタクリで、私達は愛し合って結婚できた。当たり前のようなことだったが、なんとなく違和感も残る。でも確かに記憶があるのだ。それこそが紛れもない事実であった。
それから、ペロスペロー様からお土産にドーナツを貰った。カタクリの大好物。おまけに彼特製のキャンディも。
去り際に、ペロスペロー様からすまないな、と言われた。謝られるようなことは何もされていないが、一体何だったんだろうか。やっぱり疲れている。家に帰って、早くカタクリに会って、そうして抱きしめられながら一緒に寝るのだ。
ナマエは気付いたら上機嫌に鼻歌を歌っていた。風呂場でするように。だからその時は、ペロスペロー様の形容の出来ない複雑な表情には気が付けなかった。
***
「誰なんだ、ナマエに例の男の情報を流したのは...」
苦虫を噛み潰したという表現がぴったりな表情で、彼は一人頭を抱えていた。
記憶を失くしたナマエは、明らかに別人だった。
以前は少しばかり影があった。一瞬、すごく気弱な笑顔を見せる。ふうっと、ため息をつくような、悲しい笑い方。それが今では、何も気負うことのない開放感に溢れる様な顔つきだった。
(ナマエ、すまないな)
ナマエには悪いかもしれないが、ペロスペローも兄として、カタクリの幸せを願っている。
幸せ。彼女に偽の愛情を抱かせることが、果たしてカタクリにとって幸せなのか。ペロスペローはもう考えることを辞め、面倒事は全て丸投げすることにした。
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