ヴァケーション・イン・ジュース
葛藤の毎日だったナマエに、ある知らせが舞い込んだ。
「そういえば義姉さん、知っているか?メモメモの実の能力を」
「...メモメモの実?」
久々にスムージーと仲良く世間話をしていたところ、彼女からその実の名前を知らされた。
「記憶を操作できるらしい。消したり、書き換えたり」
「へぇー、便利な能力だね」
なんでも、その能力者がここ万国にいるという。
「嫌な記憶も、消してもらえるんだ」
ドクン、と胸が鳴った。それを悟らせないよう、スムージーの絞ってくれた飲み物を流し込んだ。
嫌な記憶を。消すことができる。
「その男..」
「ああ、今はキャンディ島で暮らしているらしい」
義姉さんも、嫌な記憶があるなら消してもらったらどうだ?
なんてことのないように言ったスムージーだったが、ナマエはというと違う。訳のわからぬ胸の高鳴りが収まりそうもない。きっと私の心臓はもう真っ黒に染まってしまっていることだろう。
***
スムージーとの会話から一週間もしないうちに、丁度キャンディ島へ赴く仕事があった。ペロスペローに会うかもしれないと考えると複雑だったが、それよりもキャンディ島に住むというメモメモの実の男のことが思考の半分を占めている。
だから興味本位で、会ってみることにしたのだ。
濁り切ったまなこ。蒼白く冷め切ったほほ。メモメモの実の能力者だという男は、哀れなほどに弱々しく、命がいつ消え失せてもおかしくないような貧弱な肉体だった。
「...あなたがメモメモの実の能力者で間違いない?」
突然の訪問だったが、男は驚くこともなく、視線だけをこちらに寄越した。既に大半が病魔の巣窟だという身体では、ベッドから動くこともできないらしい。
「...そうだが」
「私の記憶を操作して欲しいの」
言われ慣れているようだった。重い体を起こし、立ち上がる。
「分かっているとは思うが、タダではやらねェぞ」
「承知の上よ。それ相応の報酬は出させて頂くつもり」
男の無言を肯定とみなし、ナマエは近づいた。座れ、と視線で促され、ベッドの横にある丸椅子に腰掛ける。
「言っておくけど、もし記憶をあなたの良いように書き換えたらすぐさま死んでもらう」
記憶を書き換えることはかなり危険なことだ。機密情報まで抜き取られる恐れもある。高リスクだとわかっていても男に依頼してしまうナマエは、どこかで焦っていたのかもしれない。
「そんなことはしねぇ。おれはもうこの先長くないんだ、野望もクソも持っちゃいない」
骨の浮き出た指がナマエの頭に触れる直前、男が呟いた。
「だがそうだな..、報酬にはキャンディがいい。ガキの頃から好きなんだ」
この国のスイーツはどれも極上なんだろう?だから俺はこの国に来た。俺が死ぬまで毎日キャンディ。報酬はそれでいい。
「奇遇ね」
私も小さい頃からキャンディが大好きなの。
ナマエの記憶は、そこで途絶えた。
514310