06
問題は次の日ベッドから下りると発生した。一人では立ち上がることすらできないのだ。歩くなんて以ての外で何か支えがあればやっと立っていられるという状態だった。ただよくよく考えてみるとそんなことは当たり前で、私はあの日から四日か五日かで林檎一つしか食べていないのだ。
「お前、」
「すみません、ユウ様……歩けない、です」
「はぁ……。乗れ」
「へ?」
私がなぜ歩けないのか、それはもちろんエネルギーがないからだ。ユウ様はそんな私に背を向けてしゃがみ込む。一瞬何をするのかわからなかったけれど、すぐにおぶってやると言われているのだと気づき、本当にいいのかと聞き返した。ら、舌打ちされた。だから素直におぶってもらうことにした。
「ありがとうございます」
「……っ」
「ユウ様?どうかなさったんですか?」
「るせぇ」
ユウ様の表情は全く見えなくて、だけど少しだけ頬が赤かったように思う。気のせいだろうか。ユウ様におぶってもらって宿を出て、そこからは汽車を乗り継いで黒の教団というものの本部へと向かった。そして今に至る。
「ざっとこんな感じです」
「アリーチェの気持ち、わかります。僕もご飯食べれませんでした」
「でもアレン、今はそんなのが嘘に思えるくらいめっちゃ食べるんさ。だからアリーチェも大丈夫」
「何かあったら私たちがいるからね」
一応ユウに口移ししてもらったことは伏せておいた。ただ半ば無理矢理食べさせられたということにして。ちらりとユウを見遣るとどこか別の方を向いていて、だけど怒っているようには見えなかった。伏せて正解だ。
「ありがとうございます」
「それじゃあ、またお見舞い来ますね」
「早く良くなって一緒に食堂行くさ」
「頑張ります」
三人に手を振る。声が次第に小さくなっていって最後は扉の向こうへと消えた。ユウはまだ椅子に座って私をじっと見ていた。視線を移した瞬間にばっちり絡まってしまって、逸らせない。私とユウはしばらくの間見つめ合っていた。
「アリーチェ」
「はい」
「もう休め」
「はい……だけど、」
次の言葉を発する前にユウにそっとベッドへ寝かされた。私はユウを見上げる。なぜだろう……ユウと離れるのが嫌だと感じている。まだ話がしていたい、せめてそこにいると存在だけでも認識していたい。それなのに私の瞼は重くなっていって……。
「何だよ?」
「行かないで、ください」
「……アリーチェ?」
「ここに……いて、ください。離れたくない……」
無意識が言葉を紡いでいく。それを残った少しの意識が捕らえた。もう視界は狭まり霞んでユウはほとんど見えなかった。だけど夢の世界へ誘われる直前にユウが小さな舌打ちとともに椅子に座り直し、私の手を取るのが見えた。
「世話のかかる奴だ」
「ユウ、さ、ま……」
ユウの声が耳に届いたのを最後に、私は眠りについた。ずっと温かい何かに包まれているような感覚に満ちていた。きっと、ユウが私の手を握ってくれていたからだろうと思う。その日見た夢はそんな温もりが溢れるようなものだった。
(2018.06.20)
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