交わる線 プロローグ
ぴちゃり、ぴちゃり。
黒い靴に赤い液が跳ねる。
歩き、歩き、ひたすら赤い液の中を歩く。
ざぶ、ざぶ。
は、はっ と息を吐き、鉄臭い液をかきわけてひたすら前に進む。
黒いコートに液体が染み込む。手袋が手に張り付く。服がまとわりついて動き辛い。
「こほっ…は、っんぶ、」
口いっぱいに鉄の味が広がる。もう口元までに深くなった血の中を進む。前は見えない。髪がゆらゆらと流れてくる。
ごぼ、ごぼごぼ。
沈む。沈む。
深く、深く。
うっすらと目を開くと、黒い髪の美少年が必死にオレを蘇生しようとしていた。
「…く、…ろ、ぉ…っ」
「っ!いい、喋るなユイシキ!」
「ぉ…れ、も……、ぁ、めだ……っこほ、」
血に濡れた手をクロロの頬に伸ばす。
飛び出た臓器、口から溢れる血液。もう助からない。
「ぉ、れ……ま、ら……しに、たぅ…なぃ…」
死にたくない。
口にした途端ぶわりと涙が溢れてくる。
死ぬというのに随分と意識がはっきりしている。こんな奇跡は二度と起きない。もう二度とクロロとは会えない。
「ああ、死なせない、絶対に死なせないからな!!」
「れ、も……ぉれ、…むぃ、ぁ…」
ぼんやりと、ぼやけるクロロの背後に兄たちの姿が見えた。笑顔で手を振っている。
「ぁ……そ、にぃ…まぁ゛、にぃ…」
「ユイシキ?どこを見ているんだ…?」
思わず笑顔で振り返す。
じくじくと腹が痛む。
「ね、…く、ろろ、」
「なんだ、ユイシキ」
「やく、そ、く……して…」
涙目のクロロにらしくないと笑い、こいつはどうせ5年後だか10年後だかに盗賊団でも結成して世界に名を轟かせるんだろう。
「し、な、なぃで……ぉれの、こと…わ、ぅれな、…で……げ、んき…に、……なか、ま、み、けて……しぁ、せに、…なっ、て…」
「ああ、約束だ、約束する。絶対、絶対死なない。ユイシキのことも忘れないで、ちゃんと幸せに…っふ、くぅ……っ…ぅ、っうぅ…っ」
「な、、な。よ…」
もう口が回らない。ポロポロと泣くクロロの涙を拭う。ぽたりと口に涙が入って、味なんか分からないはずなのにしょっぱいと感じた。
「…………………………………」
「…ゆい、しき…?」
だらりと力なく垂れた腕が地面に触れる前に持ち上げる。
虚ろな赤色の瞳は虚空を見つめ、オレを見てはいない。
口からどくどくと溢れ出る血液は生暖かい。
腹から突き出た巨大な鉄筋を忌々しく睨みつけ、事切れたユイシキの髪を解く。
「なあ、ユイシキ…お前がいなきゃ、オレはしあわせになれないんだよ…」
ユイシキの長めの横髪を切ってポケットに入れる。
「…ちゃんとした墓、絶対作るから…」
ぐい、と袖で涙を拭ってユイシキの遺体を隠す。
喰われないように、身包みを剥がされないように。
「…………ユイシキ、」
ぽつ、と心の支えであった親友の名を呼ぶ。不思議なやつだった。なんでも知っているのに、何も知らない。まるで異世界からでも来たかのような。殺すことには絶対的な才能を持った男。
「…オレ、…お前がいなくても、生きれるかなぁ…」
きらりと黒い瞳がどんよりと暗い世界で光る。
_今、未来の幻影旅団団長の意志が芽生えた。