アザディスタンの件が一旦落ち着いて、マイスター達は再び南の孤島に戻って来た。
しかし、彼らの表情はよろしくない。以前にも似たような光景があったのを思い出す。
(……まったく、)
俺――ロックオン・ストラトスは第二の問題児に向けて溜息をつく。
そして怒鳴った。
「マイスターの正体はSレベルの秘匿義務がある!それを知りながらどうして敵と馴れ合う!」
何時ぞやに見た光景と一緒。ただし、今回怒られているのは、刹那ではなく惺。
「ロックオンには関係ない」
惺は、まるで「自分は悪くない」とでも言うかのように答えた。その態度が俺の逆鱗に触れる。
「関係ないわけないだろう!ソレスタルビーイングの未来がかかってるんだ!それに情報を漏らされたら、おまえの命だって危ないだろ!」
がしっと惺の両肩を掴む。刹那の時のように、殴ってやりたい。しかし相手は惺だ。マイスターとはいえ女性を殴るのは避けたい。その葛藤が指先に伝わったのか、爪が惺の肩に食い込む。惺は顔をしかめたが、今は力加減出来そうにもない。
惺は珍しくポーカーフェイスを崩し、俺を下から睨み付ける。どうやら彼女も負ける気は無いようだ。
「あいつは約束を破って情報を漏らすような奴じゃない…!」
「そいつを随分気に入ってるようじゃないか!ああ?敵に惚れたのか!答えろ!」
「違う!!」
だんだんと声が荒くなる惺。そして俺の手を振り払った。
猶も強気な瞳で睨み上げてくる彼女。
次の瞬間、彼女の唇から紡がれた科白に、俺は固まってしまった。

「あいつは…信じたい、人間だ…!!!」

惺のあまりの剣幕に、俺の言葉は一瞬詰まる。
信じたい人間って何だよ。どうして敵なんかにそんな感情を抱くんだよ。
長年付き合った俺達なんかより、少ししか付き合っていない知らぬ誰かを。
「…―――っ、」
しん、と辺りが静まり返る。
惺は猶も俺を睨み付けている。

「俺達は…信用出来ないのか…?」

俺が発した言葉は、思ったより弱々しい声だった。
「………………。」
沈黙。
その科白に、惺は答えない。
なあ、どうして答えないんだよ。
どうして、そんなに困った顔で此方を見詰めるんだよ。
「…信じていたのは、俺だけだったのか」
言葉にしたら怒りが増幅した。
ガシッと彼女の胸元を掴む。
この裏切られたような気持ちを発散すべく、一発殴ってやろう、と。
(でも、)
「………………っ」
――殴れなかった。彼女の瞳が、あまりにも悲しすぎて。
振りかざした拳が宙を徨彷う。

「……嫌なんだ…」
惺がポツリと呟く。それは間近にいる俺すら聞き取るのがやっとの程。
「……嫌なんだよ…」
惺は再び紡いだ。
今度ははっきり聞こえるように。


「また裏切られて、失うのは…嫌なんだよ…」


…――つう、と、彼女の瞳から涙が零れ落ちた。

(…っ!!!!)
「怖いんだ…。信じるのが…。裏切られた記憶が…っ、おれを雁字搦めにして弱くさせる…っ」
惺は叫ぶ。悲痛の声が聞こえる。
「独りで生きてきた…っ、独りで生きてきた方が、何も考えなくて済む…っ。誰も信じない…、独りでもおれは平気だって…」
ぎゅう、と、拳を握り締める惺。俺は思わずその手に触れた。彼女の手は震えていた。
「…お前らが…っ、変な期待させるから…っ、人を信じても…良いんじゃないかって…、」
「…惺……」
「でも、やっぱり怖いんだ…」
裏切られた時のあの痛みが、と、彼女は泣いた。
「…味方より、敵を信じた方が、裏切られた時の傷は浅いから…っ」
ボロボロと堰を切ったかのように流れ落ちる涙。
その涙をゆっくりと拭った。
彼女の泣き顔は初めて見た。
こんな時に、不謹慎だとは思う。だけど、彼女の泣き顔は世界中の誰よりも何よりも、純粋で無垢なもののように感じた。
「惺…」
名前を囁く。
その涙は、彼女そのもの。
世界に絶望しきれなかった、真っ白な彼女そのもの。
もう、先程の怒りは何処かに飛んで行ってしまった。
下を向いた惺の頭をゆっくり撫でる。そして、俺は彼女を抱き締めた。
惺は一瞬訳が分からない、と言う表情で俺を見上げる。
「ロック…オン…?」
「もう、分かったから」
(大丈夫。大丈夫だから)
その気持ちが伝われば良いと。彼女を強く抱き締めた。
「もう、独りで抱え込まないでくれ…。俺達は絶対に惺を裏切らないから…」
強く、強く。そうしなければ、この弱くて儚い彼女は、痛みで押し潰されてしまいそうだった。
「……っ」
「大丈夫。俺達は…俺は…いつも惺の傍にいる。絶対裏切らない」
「ロック、オン…っ」
惺の声に、俺は微笑んだ。
「裏切られると怯えながら相手を信じるなんて、悲しいだろ…?」
惺の涙は止まる事を知らない。まるで産まれたばかりの赤子の様に。
生きる為に泣き叫ぶ赤子と、進む為に泣き叫ぶ彼女は何処か似ている。
そして、そんな彼女が愛しいと思う。
「ごめん…な、さい……っ」
俺の服をぎゅっと掴んで絞り出した言葉。その光景に、俺を含め一同は微笑んだ。


「信じるから…っ!信じてるから…っ!」


「ああ。」
まるで、海中に沈むように。
彼女の涙に溺れながら、俺はただ愛しさを彷徨わせる。
その海底で、俺はやっと彼女の片鱗を掴んだんだ。
強気な彼女の、仮面を被った弱い心に。
(もう、離さない)




2012.12.04修正



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