「壊して悪かったな。修理代はあいつにつけといてくれ」

骨董屋にそう言って、地面で伸びている男を指差した。
流石にやり過ぎたとは思う。柄にも無く本気を出しそうになった。ちょっとだけ、な。
「え、あ、はい」と狼狽する店主をほっといてスタスタとその場を離れる。人も集まって来たし、おれの顔を知られたらやばい。
「惺…!」
が、そんなおれを何故か追い掛けて来るグラハム。
(いい加減仕事に戻れよ)
追い付いて来て隣に並んだ。
「まだついてくるのかよ」と思わず呟くと、彼は「ガンダムについてまだ訊いてないからな」とふざけたように笑う。
「誰が話すか」
おれの科白にグラハムは再びニッコリと笑った。
「…惺、やっぱり変わったな」
「…………………。」
無言のおれの顔を覗き込む。「聞いてるか?」と問うて来る彼に「聞いてる」と渋々ながら返した刹那的に、

「…――私は、惺が好きだ。」

その言葉を、グラハムは躊躇いもなく告げた。
「…ばか、か…?」
辛うじて言えたのはそんな言葉。瞳が彷徨う。彼を直視出来ないのは何故だ。
「おれはガンダムマイスター。お前の敵だと…」
――何回言ったら分かるんだ、と続くはずだった科白は、彼の熱い抱擁によって遮られた。
おれの頭は愈々おかしくなる。
「は、放せっ」
「放さない…!」
抵抗するが、グラハムの力には勝てない。右腕を使うという選択肢は、混乱していたおれの頭からすっかり抜けていた。

「今だけは…、ユニオンの軍人でも、フラッグファイターでもなく…ただ一人の男、グラハム・エーカーとして見てくれないか…?」

グラハムが呟く。
切ない声色に、全身が戦慄いた。
(この男は、どうしてこうもおれを狂わせる…)
『ゲームをしようか、グラハム。』
仕掛けたのはおれだというのに、何時の間にか主導権を握られていたのはおれだった。
真っ直ぐな瞳を向けられると、怖くなる。何もかも、分からなくなる。全ての経験も記憶も、何もかもが役に立たない。
頭が真っ白になる。
そして、真っ白になったその先には、過去に辿った道筋。
おれは、未だに強く抱き締めてくるグラハムを静かに見上げた。
「おれは…馬鹿かも知れない」
(彼女と辿った道を、彼と繰り返そうとしているなんて)
彼は笑った。
「大丈夫、私も馬鹿だ。」
…――その瞳を、信じても良いのだろうか。
この瞳は、おれを裏切らないでいてくれるのだろうか。
彼女のように、おれを裏切るのだろうか。
彼女のように、おれを信じ通してくれるのだろうか。
保守派の娘と革新派の娘―――ガンダムマイスターとフラッグファイター。
敵同士と言う壁の上にも、信頼関係は築けるのだろうか。
確かめたくなる。そう思わせる彼が憎い。
「おれは、ガンダムマイスターでありお前の敵だ。仲良く友達ごっこなんて出来ない」
「残念ながら、な。しかし私は諦めない。君をソレスタルビーイングからこちら側に引きずり込む。そうしたら、私と君は共に居られるだろう?」
「…お前は…本当に馬鹿だ…」
グラハムは挑戦的に笑った。
「馬鹿で構わないさ。」
おれもつられて思わず笑った。

…――さあ、ゲームを再開しよう。
条件は二つ。
おれの与える困難に耐え抜き、絶望したとしても自分の意志を貫けるのか。
敵同士でも、信頼関係を築けるのか。

…――おれに、示してみろ。

味方すら完全に信じられないおれを信じさせてみろ。
世界はまだ絶望していないと、まだ希望は残されているのだと、おれに、示してみろ。

「グラハム」
「なんだ?惺」
「…何でもない」

これから、楽しくなりそうだ。




2012.12.04修正



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