最近のおれは不運すぎると思う。


「…なんでお前がいる。」

「私に訊かれてもな…」

おれの眉間に皺が寄る。目の前には金髪でMSWADの隊服。
――グラハム・エーカー
まさか、こんなに早くにまた会うとは思わなかった。
米国にある隠れ家にはあまり行かないし、行ったとしても細心の注意を払っている。
(油断していた…)
おれは気付かれないように溜息をついた。
「そう言えば、見ないうちに少し変わったか?」
「…どうして」
「雰囲気が柔らかくなった」
「……………。」
グラハムは笑った。おれは押し黙り、ゆっくりと思考を巡らす。
(この男は案外厄介かも知れない)
彼の瞳を見て思った。真っ直ぐで強い意志を秘めている。燃え滾るような、強い意志。
(こんな奴、初めてだ)
彼は、ロックオン・ストラトスとはまた違った意味で苦手かも知れない。
「…まあ、勝手にそう思っていればいいさ」
そう吐き捨てて視線を逸らした。
「素直じゃないな、君は」と言う科白を聞きながら、おれは気を逸らすかのように視線を彷徨わせた。
丁度、道路の向こう側に居た幼い姉妹に視線を移す。
ぴったりとくっついて仲良さげな光景は、何処か、昔のおれと“惺”のように見えて、おれは視線を逸らすに逸らせなくなってしまった。
(…ん、あれは…)
突如、違和感を覚える。
が、隣のグラハムが口を開いたので一旦視線を逸らした。彼を見上げると、此方をじっと見詰めている。
「惺は、本当にガンダムマイスターなのか?」
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「おれがマイスターに見えないか?」
「まあ…な。君がガンダムを操縦しているなんて考えられない。戦場に出ても直ぐにやられそうだ」
「そう考えていたら、お前、おれに殺されるかもな」
「ほう、それは怖いな」
グラハムはまるで子供をあやすかのように喋る。まだ完全におれがガンダムマイスターだと信じていないらしい。
まあ、その方がソレスタルビーイングには良いのだろうが、おれのプライドが若干傷付く。
他のマイスターに負けないように、必死で努力してきたのだから。
(それなのに、弱そうだって言われたら誰だって腹立つさ)
おれは苛々をポーカーフェイスで覆い、再び先程の姉妹に視線を戻した。
刹那、
どん、と妹が体格の良い男にぶつかってしまった。それだけならば謝って済むのだろうが、不運にも、ぶつかった相手は、道路を闊歩していた不良グループのメンバーらしい。
妹を庇い、胸倉を掴まれる姉。
(…………。)

「あのさ、」
「ん?何だ惺」

ずっと黙って何かを考えていたグラハムに呼び掛ける。
視線は姉妹に固定したまま、おれはあるもの指差した。それは、何処にでもあるアイスクリーム屋。
「アイスが食いたい」
「私に買ってこいと?」
「当たり前だ。奢れ」
「とんだ我が儘姫だな」
「ガンダムマイスターは常に金欠なんだ」
「嘘をつくな」とグラハムの微笑。しかし、「仕方無い、何がいい?」と問うてくる彼は優しい人間なのだろう。
「バニラとチョコ」
「二つ食うのか!」
「当たり前だ。さっさと買ってこい」
「ここで待っているんだぞ?」
「ああ」
…――優しい人間、だから確かめたくなる。
裏切られても、おれのように堕ちてしまわないか。
絶望を垣間見ても猶、その優しさを貫けるのか。
(知りたい)
その答えが、世界へと繋がっているから。
彼を完全に拒絶出来ないのは、そんな下らないゲームのせい。
だってまだ、エンディングを迎えてはいないのだから。

グラハムがアイスクリームを買いに行ったのを確認すると、おれは不良に絡まれている姉妹の元へ静かに近寄った。
おれも大概バカなのかも知れない。
「止しなよ」
「あぁ?」
制止の言葉を投げ掛けると、不良グループの中心人物おぼしき奴が挑戦的な態度で振り返った。
「お前何だァ?今いいところなんだよなァ…」
「なんでもいいだろ。その子を放してもらおうか」
「へぇ、お前一人で助けに来たってか?」
「おれ一人で十分」
「テメェ…!!!」
青筋が浮かんでいる彼らを一瞥。取り敢えず、優先事項は姉妹の安全の確保。
「どっからでも来いよ」
同時に、おれの周りをたくさんの不良が取り囲む。
この光景、前にもあったな、と不謹慎にも思った。
(あの時、おれとグラハムは出逢った…)
「安心しな、一瞬で終わるからよ」
男が呟いた。おれも無表情のまま返す。
「そうだな。一瞬で、な」
――刹那、その男はおれの視界から消えた。
そして数メートル先にある骨董屋にドゴーンと派手な音が響き渡る。
「ア、アニキ!」と彼らの仲間が焦る声が聞こえるが、おれは気にせずに手をパンパンと叩く。
うん、今日は義手の調子もいい。
「次は誰だ?」
静かに問うと、一斉に不良達が飛び掛かって来た。
おれは思わず笑った。

「そう来なきゃな」







私――グラハム・エーカーがアイスクリーム両手に戻って来た時、視界に入った光景は凄まじいものだった。
千切っては投げ、千切っては投げ。そんな表現が相応しい。
何処をどう間違ったのか、帰ってきたら惺と不良グループの大乱闘の真っ最中。
随分前から争っていたのか、辺りは既にごちゃごちゃで、不良グループの一員と思われる人が数名転がっている。
(こ、これを、彼女一人でやったと言うのか…)
惺の様子は余裕すら感じられる程。息すら乱れていない。
飛んでくる拳を踊るように綺麗に避けて反撃する。
もしかしたら、生身で戦ったら、私より強いかも知れない。
(これはガンダムマイスターだと認めざるを得ないな…)
私は溜息をついた。
その刹那、一人の男が惺を攻撃しても意味が無いと思ったのだろう。後ろの姉妹を掴み上げた。
「痛い!!!助けてお姉ちゃん!!!」
「お姉ちゃ…っ!!!!」
「!!!」
必死に呼ぶ姉妹。その声に、惺は弾かれたかのように飛び出した。

「その子達を―――!!」

ガシャン、と機械音。
惺の右腕が刃物に変形した。まるで映画のワンシーンのように。

「離せぇぇええ!!!!!」

男の衣類を切り裂いた右腕。布切れがヒラヒラと宙を舞う。惺の右腕は、一振りすると再び腕へと戻った。
血は出ていないが、いきなり服が裂けてしまったのを見て、情けなくも男は気絶してしまったらしい。
(あの腕は、ただの義手じゃなかったのか…)
早すぎて常人には分からないだろうが、彼女の右腕は確かに変形した。
「ひぃい…!」
それを見た残りの不良達は、恐れをなして次々と逃げ去って行く。
「情けねー…」
彼女がそう呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「……惺…」
「ああ、グラハム。アイス買ってきたか」
彼女は何事も無かったかのように話し掛けて来た。ある意味凄い。
「あ、ああ…」
惺は私の手のアイスクリームを見ると「良かった、溶けてないな」と確認し、「サンキュ」と言って私の手からアイスクリームをバッと奪い取る。

――そして、幼い姉妹に差し出した。

(最初から、この為に…?)
「…悪かったな。怖い思いさせて」
無表情だが、どこか安心する声。
姉妹は「ありがとう…!」とお礼を述べた。しかし、惺はその様子に何処か納得がいかなかったらしい。
暫し考えているような素振りを見せると、意を決したのかその幼い姉妹の頭をガシガシと乱暴に撫でた。

「…我慢しなくていい。泣きたいときは思いっきり泣け」

その言葉を聞いた瞬間、貼り付けていた姉妹の笑顔がくしゃりと歪んだ。
「「う、うわぁあああん!!!!」」
アイスクリームを持ったまま、大きな声で泣き出す二人。
「こ、怖かったよぉぉ!!!」
「おっ、お姉ちゃ、ありが、とう…!!!」
「…頑張ったな。」
ガシガシと撫で続ける惺。
その様子は、到底ガンダムマイスターには見えなかった。
テロリストと同じような行いをし、武力介入を続けているような人間には、到底見えなかった。
そこにあるのはただ「守りたい」と言う思いだけ。
(ガンダムマイスターも、フラッグファイターも…方法が違うだけで、本当は同じなのではないか…?)
そんな馬鹿な事を考える。
私はゆっくりと惺の隣に移動すると「お疲れ様」と告げた。

「ああ」

惺は微笑んだ。
その笑顔を、私はきっと忘れないだろう。




2012.12.03修正



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