その翌日、スメラギ、クリスティナ、フェルトの三人がクルージング用のリニアクルーザーに乗って、太平洋沖の孤島に到着した。
今は全員その甲板に集まっている。俺、ロックオン・ストラトスもまた然り。
「何故そんな格好を…」とアレルヤが眉をひそめる。女性陣の格好は何故か水着。確かに、先程から俺も気になってはいたが…。
「カモフラージュよ、カモフラージュ」と呑気に言うミス・スメラギに若干呆れた。
「まったく…スメラギさん達もちょっとは惺を見習って下さいよ…」と溜息混じりに告げたアレルヤ。その言葉にみんなの視線は一気に惺に集中した。
「…………………」
じぃ、と感じる視線。惺の今の格好はミス・スメラギ達とは違い、露出も少ない。と言うか何時もの格好だ。
黒いパンツ、白いワイシャツを腕まくりして風にあたっている姿は何処か儚げだ。そして胸元にはこれまた黒いネクタイ。白と黒ばかりな中、左目の碧だけが異色を放って幻想的だった。
「なんで惺はいつもそんな格好なのよ〜」
「そうだよ!惺はもっと女の子らしい恰好しなきゃ!」
ミス・スメラギとクリスティナからのお叱り。あからさまに嫌そうな顔を浮かべた惺に、ポーカーフェイスを崩すなんて珍しい、と密かに思った。
「…女らしくする必要はない。おれはガンダムマイスターだ」
「ガンダムマイスターは関係ないわよ」と、スメラギの反論。
それに続くようにクリスティナ。
「その言葉遣いも!惺はなんでいつも“おれ”って言うの〜!」
「………………。」
無言の惺。何時の間にか表情はポーカーフェイスへと戻っている。
正直、無表情だから、降参したのか呆れたのかよく分からない。けれども、彼女の事だから、後者の確率が高い。
そして小さく「はぁ」と溜め息。
「別に良いだろ。そんな理由知らなくても…」
そう言って突き放す惺だったが、横からフェルトがやって来た。彼女の腕を掴み、お願いする。
「惺のこと、聞きたい。惺、なかなか自分の話してくれないから」
次の瞬間、惺は諦めたのか再び溜め息を吐いた。
何かを思い出しているのか、空を見詰めて遠い目をする。そして、静かに女性陣を見た。心做しかいつもより楽しそうに見えるのは気のせいか。俺達男性陣も惺の次の言葉に注目し、待っていたのだが――…


「おれの愛した人が女だったからな」


――爆弾投下。
俺を含め、皆はピシリと固まった。


「愛した人が女だって!!?」
思わず叫んでしまった。俺の混乱を余所に、惺は平然と「人間が相手の人格に惹かれるのなら、そういう愛も有りだろ」と吐き出す。
「いや、ちょ……惺…」
そ、そんな…。お前、所謂バイセクシャルってやつだったのか…。
「この子…とんでもない子だったのね…」
ミス・スメラギが呟いた。その科白、激しく同意だ。

不意に、惺が左手で顔を覆った。一瞬、俺達に対して呆れてるのかと思ったが。
「………っ」
(……?)
肩が震えている。
そして、

「ふ…あ、はは…っ」

堪え切れなかったのか、ゆっくりと笑い出す惺。
(う、嘘だろ…)
彼女が笑っているだなんて。
「あははは…っ、おかし…っ」
響き渡る綺麗な笑い声。
目尻に涙を溜めて「やば、止まらな…っ」と笑っている。
彼女のあんな笑み、初めて見た。それこそ、彼女がソレスタルビーングに来てから今までずっと一緒に居たが、こんなに、涙が出る程に皆の前で笑った事は、初めてだ。彼女の笑顔が、今の一瞬で鮮明に瞼の裏に記憶される。
ばくばく、と心臓が跳ねている。
「…っ惺!」
「ッ!」
感動のあまり抱き着くクリスティナ。惺は一瞬目を丸くするが、笑いは未だ止まなかった。
「ふ、は…」と深呼吸を繰り返す惺。俺は思わず微笑みを浮かべた。
「惺」
「助け…っ、ティエ、リア…っ、止まんな…」
「笑う要素なんか何処にも無いだろう…」
「でも、なんか…皆、すっげーアホな顔してたから」
「アホって…相変わらず失礼だな…」
「は、はは…っ」
二人の会話を聞く。
「お前ら仲良いんだな」と思わず呟いた。
それを聞き取ったのか、惺が「ティエリアは特別」と答える。
「特別…」
そう言えば、昨日の会話と言い、二人は仲が良い。
他の人が入り込めないような、雰囲気があった。
「ティエリアが好きなのか?」
「だから、好きと言うか特別」
「…よく分からないんだが…」
「いいよ、分からなくて」
惺は再びティエリアの元に向かう。
俺達が分からないような何かで繋がっていると言うのか。俺が幾ら惺を構っても彼女は俺を「特別」と言ってくれはしないのに。
去り行くその後ろ姿に、
「なんか妬ける」
と、思わず呟いた。

(そう言えば…、)
昨日の孤島での彼女の言葉を思い出す。

『…おれは……知ってしまったんだ。』

彼女自身も言っていたが、彼女は目的の為なら邪魔者は躊躇わずに排除するような人だ。
昨日のテロに関する言い争いで、ティエリアが彼女に話を振った瞬間、正直俺は、迷わずに彼に賛成すると思っていた。
だけど、何処か泣きそうな顔で、何かを思い出したかのような瞳で、ただ静かに告げた彼女は、以前のような破壊ばかりを望む人間には見えなかった。
きっと、あの“月が綺麗ですね”が関係している。
あの科白が、彼女を変えたのだ。
(何処の誰が惺に言ったのか知らないが、そんな科白一つで彼女を変えてしまうなんて…)
今日の俺は妬いてばかりだ。
「はぁ…」
人知れず溜め息を吐いた。
(でも、こっちの惺の方が良いよな)
ティエリアと何か話している彼女を見詰め、
(こっちを向いてくれないかな…)
そんなことを呆然と考えた。


刹那、
彼女は此方を振り向いて――…


「?」


(―――っ!!!!)
びっくりした。
本当に振り向くなんて思わなかった。

真っ直ぐに見詰める瞳。

一瞬だけで直ぐ視線を逸らしてしまったが、その眼差しはとても強い意志を秘めていた。
(…そうだ、惺だって、あんなに頑張っているんだ)
俺も、テロなんかに負けない。
闇から必死で這い上がろうとガンダムに乗る彼女のように。
俺だって、ガンダムで世界を変えてやる。

彼女の瞳に誓う。
争いを無くし、平和な世界を実現する。

そして、その暁には、



『月が、綺麗ですね…』



「…何を考えてるんだか、俺は。」




2012.12.02修正



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