…――走馬灯のようだった。

視界が滲んで、いろいろな光景が瞼の裏に浮かんでは消える。
おれが唯一愛した彼女はおれを愛してくれていた。
気付くには遅過ぎた。
もう、失った。全部。
家族も、身体も、彼女も。

空虚な気持ちだけを抱えて世界に復讐を誓った。
おれは人間を捨てようと決意した。
感情を捨てて、ただ破壊するだけの為に存在する。
――人間は汚い。それでいて醜い。
自分達で気付けないのなら、おれが制裁を与えて気付かせてやる。
そして、全てを壊して
おれも朽ちよう。
――彼女を殺した罪への償いとして。


…―――そう、思っていたのに。




…――おれは人間だった。

無力で自分勝手で汚くて醜い人間だった。
努力しようとしても、無理だった。感情を捨て切れなかった。ロボットになんて、なれなかった。

…―――“I love you.”

ただ、一言告げられたと分かっただけで、こんなにも心臓が苦しい。
気付かないふりをしていた。
おれも、人間なんだ。汚くて、醜い、人間、だったんだ。
(おれは、どうすればいい?)
だって、絶望した世界の真ん中で、確かに彼女は笑っていたから。
銃口を向けられていると言うのに、殺されると言うのに。
幸せそうな、あの真っ直ぐな瞳で呪いを囁いた。
「…おれは…ばかだ…」
なんだか吹っ切れた。
『理由を言え』
今ならその問いに答えられるかも知れない。
(…………。)
…――この世界を変える。
壊すのではなく、変えて見せる。
彼女を苦しませていた此の世界を。
それでも、
彼女が絶望しなかった此の世界を。
彼女が諦めなかった此の世界を。

彼女が笑えるような世界にして見せる、と。



「惺、大丈夫か…?」
ロックオンが問うた。おれはゆっくりと彼に向き合い「大丈夫」とだけ返した。
その時、総合整備士のイアン・ヴァスティがやって来た。
「エージェントの王留美からの緊急連絡だ。世界の主要都市七ヶ所で同時にテロが起こったらしい」
「同時多発テロ…」
刹那が呟き、イアンが頷いた。
テロの内容は駅や商業施設で時限式爆弾を使った犯行。イアンが言うには、爆弾の規模はそれほどでもないが、人が多く集まるところを狙われ、百人以上の人間が命を落としたらしい。
その後ネットワークを通じてテロ実行犯から声明文が公開されたと言う知らせが王留美からあったそうだ。
「…ソレスタルビーイングが武力介入を中止し、武装解除しない限り今後も世界中に無差別報復を行っていく、と言っている…」
「やはり目的は我々か」とティエリア。次に「その声明を出した組織は?」とアレルヤ。イアンは「現在、調査中とのことだ」と静かに答えた。
(同時多発テロ…これは厄介だ)
ロックオンはバチンと拳で手のひらを叩いた。
「何処のどいつか分からねぇが、やってくれるじゃねーか。無差別殺人による脅迫とはよ」
「テロ組織が僕達の介入を恐れて先手を打ったということか」
先程とは違った緊張感が流れる。
「フッ、そんなことで我々が武力介入をやめると思っているのか」
そのティエリアの科白にイアンが反論した。
「一般人が犠牲になっとるのに、何とも思わんのか?」
「思いません。このような事態が起こることも、計画の中には予測されていたはずだ。一般人の犠牲などで止められるほど、ソレスタルビーイングの理念は安くない」
「…――貴様ッ!」
ロックオンが怒りの形相でティエリアの胸倉を掴み上げた。おれは呆然とそれを眺める。
正直、ティエリアの言っていることは分かる。
誰が犠牲になろうとも、目的を遂行する。そして終わりが良ければ全ては満たされる―――そう思って生きていた。
だから、おれは世界を壊すと言う目的だけの為に生き、多くの人々を見捨ててきた。
(だけど、違ったんだ)

なあ、“惺”。
おれは、今からでも、やり直せるか?

「そんなにテロが憎いのですか?」
「悪いか!」
「世界から見れば、我々も立派なテロリストだ」
「テロが憎くて悪いか!!」
ロックオンが叫んだ。
同時に、“惺”の言葉を思い出す。
『月が綺麗ですね』
呪いの言葉は魔法の言葉だった。
見方一つでこんなにも違うと言うのに。自分の考えに捕らわれて気付かなかった。
おれは人知れず自嘲する。
彼―――ロックオンが嫌いな理由が、漸く分かった。
(似ているんだ、“夏端月惺”に。)
おれは、ゆっくりとティエリアとロックオンの間に入った。
睨み合っていた視線はおれに集まる。
「惺、君は僕と同じ考えだろう」
同意を求めるティエリアの問い掛けにおれは黙った。
ティエリアを見詰める。
ロックオンとは違う。そう、お前はおれに何処か似ている。
武力介入を始める前に、彼と交わした会話を思い出す。

『…君は…普通の人間とは違うな。…全てを悟った瞳。全てを投げ捨てた瞳』
『…どうして、そう言える』
『僕もきっと…君と同じ瞳をしているから。』
『………。』
『…僕達は…光と影のように、切っても切れない存在なのかもしれない』
『確かに…おれ達は似ている…。おれが求めているものも、お前なら示してくれるかも知れないな』


ティエリア。お前は覚えているか。
あの後、おれが影になるから、お前は光になってくれ、と言ったよな。
無言のおれに、ティエリアは何かを察したらしい。
「…君は…僕と一緒だろう…?」
珍しく、彼の弱々しい声が響いた。
母親に置いていかれたような、家で母親の帰りを待っているような、弱々しい声。
らしくないティエリアの態度に、揉めていたロックオンも思わず目を見開いた。
「ティエリア」
おれは呟いた。
ゆっくりと、彼の頬に指先を伸ばす。
「…おれは……知ってしまったんだ。」
「…惺…」
置いて行かないで、と言う顔でおれを見詰める。先程までロックオンと言い合っていたのと同じ人物だとは信じられないな、と不謹慎にも思った。
おれの手の上に重なるティエリアの手。白くて冷たい。
「…ティエリア…、お前の言ってる事、凄く分かる。おれだって、目的達成の為ならば邪魔なものは排除する。そう考えていた」
「……惺…」
おれの科白に、彼は不安そうな瞳を向けた。
「直ぐに分かるよ…。ティエリアは賢いから…」
おれは「な?」と言った。
一同は無言のままおれを見詰めていたが、そんな彼らを無視してその場を離れる。

眩い月明かりに空を見上げれば、何時ぞやに惺と見たのと同じ三日月が浮かんでいた。


「月が…綺麗ですね。」


さあ、世界の涙を拭いに行こうか。




2012.12.01修正



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