スメラギ・李・ノリエガは戦術プランを立てながら、頭の隅で呆然と考えていた。
(…惺の事、どうしましょう…)
漆黒と紺碧、宇宙と地球のような双瞳。その中に見え隠れするものが何なのか、分からない程鈍くはない。
寡黙で無表情な彼女。
あの仮面の奥に、何れ程の憎しみを隠してるのか、皆は知らない。
ガンダムマイスターに選ばれたばかりの頃、彼女の過去を調べさせて貰った。
人間を愛していたのに、人間に裏切られた彼女が。とても哀れで愛おしい。
(庇護欲と言うのかしら。こういうの)
人間の汚さを知ってしまった彼女は、とても強くて、とても弱い。
そんな彼女を見付けてしまった。暗闇に漂う彼女を。
世界を壊したい衝動を抱えて生きている。だからこそ、ガンダムマイスターに、と推薦した。

気付いて、惺。
貴女は、まだ変われるのよ。

世界は、まだ絶望してないの。
ただ、泣いているだけなの。
(頑張って…惺…)
スメラギは彼女の顔を思い浮かべ、内心だけで呟いた。

「…――お待ちしておりましたわ。ご案内いたします」
王留美に促され、スメラギ、クリスティナ、フェルトの三人は別荘に入って行った。


「予定通り、00時をもってミッションを開始します。目標は、私たちに敵対するもの、全てよ」







…――それから数時間後。
おれは、所期合流ポイントであった太平洋上にある孤島に帰投していた。
刹那、ロックオン、アレルヤ、ティエリアの五人も、激しい戦いをくぐり抜けてきた各々のガンダムを操り、おれより一足先にやって来ていた。
が、彼らの表情は厳しい。
その理由は言うまでもない。
結果はミッションプランどおりの望む形で終わった。しかし問題は結果ではなく過程にあった。

夜の砂浜に、
――ゴンッ、
と、痛そうな音が響く。
同時に、刹那が砂浜に倒れこんだ。
「殴られた理由はわかるだろう?ガンダムマイスターの正体は太陽炉と同じSレベルでの秘匿義務がある。なぜ敵に姿を晒した?」
刹那は答えない。おれはその様子を静かに眺めていた。
(そういえば、おれ、グラハムに正体ばらしたよな…)
ロックオンに知られたら、おれも殴られるだろうな、と客観的に思う。まあ、彼に知られる前にグラハムを始末すれば良いだけだ。
(……。)
自らの両手を見詰める。
人殺しなど、数え切れない程にしてきた。今更、一人くらい、何とも思いはしない。
(しない、はずなのに…)

「…理由ぐらい言えって」
ロックオンの責める声が谺する。刹那は視線を逸らしたまま何も言わない。
おれだったなら、何と答える?
「理由を言え」と責められたら、何と答える?
(きっと、答えられない)
「強情だな……お仕置きが足りないか」
そうロックオンが告げた瞬間、ティエリアが刹那に拳銃を向けた。
おれは思わず立ち上がった。
「言いたくないなら言わなくていい。君は危険な存在だ」
「やめろ」
ロックオンが銃身をつかんで制す。が、ティエリアは続けた。
「彼の愚かな振る舞いを許せば、我々にも危険が及ぶ可能性がある。計画はまだ始まったばかりだ。こんなことで躓いてはいられない」
「それはそうだが…」
「…――俺は降りない。」
刹那の声に一同は振り向いた。
その手には拳銃。
ピリピリとした戦場に似た空気が辺りを支配する。
「俺はエクシアからは降りない。俺はガンダムマイスターだ」
「そのマイスターに相応ししくないと言っているんだ」
「銃をおろせ、刹那、ティエリア!」
ロックオンの声を無視して牽制し合う二人。耐えきれずにアレルヤも声をあげる。
「命令違反をした僕が言うのもなんだけど…僕達はヴェーダによって選ばれた存在だ。刹那がガンダムマイスターに選ばれた理由はある」
「…ならば見せてもらいたいな。君がマイスターである理由を」
「……………」
「……………」
「……………」
刹那は立ち上がる。おれも続きが気になって、意識を刹那に向けた。
彼は、何と言うのだろう。
ガンダムに乗る理由を、
マイスターである理由を、

「…――俺の存在そのものが理由だ」


「俺は生きている。」
(…――どくん)
おれの心臓が脈打つ。
左目が痛い。
嫌な予感が止まらないのに、刹那のその瞳から目が逸らせない。
何かを決意した眼差しと、真っ直ぐなその瞳は痛い程に見覚えがある。
それは、おれが忘れられないあの瞳と一緒で。

刹那は、ゆっくりと皆の顔を見渡す。ロックオン、アレルヤ、ティエリア、そして、最後に此方を向いた。


「…――生きているんだ。」



『月が綺麗ですね』


刹那と彼女が一瞬重なった。
(…――やめろ…!!)
おれは痛む左目を押さえ付けた。ズキズキと刺すように痛む。そこが別の生き物であるかのように、ドクドクと血液と熱が集中する。耳鳴りがする。耳鳴りに混じって聞こえる呪い。
おれを苦しめて離さないその言葉。
(どうして、今更になってこんなにも苦しいんだ)
苦痛なんて、慣れているのに。
浅く呼吸を繰り返し、近くの木に寄り掛かった。
幸いな事に、皆はまだ気付いていない。
『月が綺麗ですね』
「…………っ!」
痛みを増す左目。
おれは痛みで相殺するかのように、瞼の上から爪を立てて掻きむしる。
「く…、っ!」
不意に、声が出てしまった。
それに気付いた四人が一斉にこちらを向く。
ピリピリとした雰囲気から一転。「惺…?」とロックオンが問い掛ける。
おれは木から離れ、後退りした。
左目がまだ痛い。逃げたい。
「おい!お前目が!」
「惺っ!何してるんだ!」
ロックオンとアレルヤの声。
だが、何故だろう。遠くに聞こえる。
視界もぼやける。何が何だか分からない。
『ねぇ、“   ”。私の瞳をあげる。私が死んでもずっと私を忘れないで』

(…――ゆるしてくれ…!!)
トリガーを引いた事を。
お前の裏切りに気付かなかった事を。
お前を殺したいくらい愛していた事を。
「…お願いだから…っ」
どこまでが錯覚でどこまでが現実なのだろう。
『鏡を見る度に私を思い出して。恨んで憎んで愛して』

お前のその眼差しが、痛い。

「惺!!」
(―――――っ!)
ロックオンの叫び声。現実と過去の混じり合って混乱していたおれの頭は、一気に正常に戻ろうと動き出す、しかし、莫大な情報を整理するのに耐えきれなかったのか、一瞬ショートする。


「月が…綺麗ですね…。」


そして出た言葉が何故かこれだった。
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
固まる一同。目の前のロックオンの様子が何だかおかしい。
ティエリアが此方を見据えて問い掛ける。
「君は…その言葉を知っていて言ったのか?」
「知っていて…って、何を?」
ティエリアは何か知っているのか。
おれが知らない何かを。
(教えて、早く…っ)
呼吸が出来なくなる前に。早く酸素を与えてくれ、と。
しかし、次の瞬間彼の唇から出た科白は酸素でも何でも無かった。

「“月が綺麗ですね”―――文豪と呼ばれる日本の作家が“I love you.”を“月が綺麗ですね”と訳したんだ」

「I love you…を…?」

「そうだ」と、ティエリアがおれを小馬鹿にするように肯定した。

「じゃあ、あの時の…あいつのあれは…」


『月が綺麗ですね』


過去の光景がフラッシュバックする。
あの時、死ぬ前におれに言った言葉――…
あれは、ただ虚空に向けて放ったのではなく、おれに向けて放った愛の言葉だと言うのか。
目の奥がツンとなる。熱い。
(愛されていたのか、おれは…っ、)
身体が動かない。
衝撃の事実に、おれはついていけない。
ロックオンが、静かに「惺?」と問うた。

「……あいつも…愛してくれてたんだ…」
「惺?」
「…っおれは、あいつを…っ」
(今更、気付くなんて)
保守派の娘、改革派の娘。
性別の壁、立場の壁。親の命令と自分の気持ち。その板挟みに苦しんだのはおれだけではなかったのだ。
きっと、彼女はスパイだったから仲間の視線もあり、おれのように直球の愛を紡げなかったんだ。
そんな彼女が、唯一の、最期の、愛情表現として選んだ言葉が、『月が綺麗ですね』だった。
(どうして、気付けなかったんだ…)
最初から最後まで、偽りなど無かった。
あったのは、仮面だけだったと言うのに。
その仮面を、取ることが出来なかった。
「おれはっ、あいつを…っ」
(この手で殺してしまった…)
「落ち着け惺!」
ロックオンがおれの身体を揺さ振る。
(ああ、おれは…どうすれば…っ)
視界が霞む。
目が熱い。


「おれは…っ、とんだ愚かな奴だ…っ」




2012.12.01修正



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