「さ、お前さんのが最後か。ほら、ベリアルの追加武装だ」
おやっさんことイアン・ヴァスティがそう告げる。おれはその言葉に顔を上げた。一瞬だけ逆光に目を細める。しかし、見上げた先にはおれの予想以上のものがあった。視界に入ったそれに、細めていた目を思わず見開いた。
「GNアローだ。お前さんにピッタリじゃないか?」
ゆっくりとベリアルの装備を見詰める。その横には長い弓矢。GN粒子の矢で遠距離から敵を撃ち落とすというものらしい。
「………。」
声が出ない。それが感動からなのか罪悪からなのかは分からない。
ただ、身体が固まってしまった。
(…眩しすぎる…)
弓矢を構える天使のようなその風貌。おれにとってはもはや神聖な雰囲気がして止まない。手すら触れるのを躊躇う。
こんな、美しいガンダムが、
おれと言う最悪なマイスターのせいで、世界を破壊する道具へと化すかも知れない。そう思うと、胸が何故か気持ち悪い。
天使の羽を切り落とされ、堕天と成る。
(綺麗なものなんて、この穢れた世界の中では無意味でしかないのに、)
耐えきれずにベリアルから目を逸らそうとした時だった。
イアンがゆっくりと呟いた。
「お前さんとベリアルは似ている…」
「似ている…?」
「ああ。両方とも…儚くて…でも強くて…」
「……………………。」
「天使のように見えなくもない」
――おれは、戦慄いた。
(……。)
「なあ、イアン…。」
「なんだ…?」
「もし、このガンダムが、天使ではなく堕天使だったら…?」
楽園を追放され、地の底で恨みと憎しみを抱え込み、復讐の時を狙っている悪魔の手先だったら。
思わず問うてしまった。
少なくともおれは天使とは程遠い存在だ。
全てに裏切られ、世界を壊そうとしているその姿は、悪魔の方が近い。
「………。」
イアンは不思議そうな顔でおれを見ている。きっと、質問の意味が分からなかったのだろう。
「…すまない、無かったことにしてくれ」
この時初めて気付いた。
世界を変える為に与えられたガンダムで、世界を壊そうと企むおれは、きっと何処かで悪いと思っていたのだと。
(…大丈夫。苦しむのはあと僅か…)
もうすぐ終焉は訪れる。
こんなちっぽけな痛みなど、気にしている暇は無いのだ。









追加武装を終え、束の間の休息。
やることも何もないおれは、何時ぞやと同じように大きな岩に凭れ掛かり昼寝をする事にした。
最近は悪夢に魘されて寝不足だ。
明るく日が出ている内ならば、悪夢もやって来ないのではないか、そんな淡い期待を抱えながら力なく地面に座った。
瞳を閉じる。
しかし、その淡い期待は呆気なく砕かれる事になる。
暗闇の向こうから徐々に浮き上がる光景。
パズルのように完成していくその記憶を呆然と見据えながら、
ああ、今回も悪夢からは逃げられなかったか、
と、密かに思った。


『…――よし、かくれんぼ、やるか』
引き金は、その言葉だった。
あの日、おれは確実に足を踏み外したのだ。
真っ直ぐに、地の底へと堕ちる。
『お前が鬼な』
愛しい彼女へと放ったその言葉が、人間だったおれの最後の言葉となるなんて、この時は考えもしなかった。
(あっちにある密林に潜り込めば確実におれが勝てるな)
おれが勝ったら、彼女に何か我が儘を聞いてもらおう。明日海に一緒に行こう、とか、今夜は一緒に天体観測をしよう、とか。
悔しがる彼女の顔を思い浮かべ、おれは密かに笑った。
(負けられないな)
密林に向かう途中の荒野。
ジャリジャリと小石や砂利を踏んで突き進む。
(そう言えば、ここら辺は気を付けろとか父さんが言っていたかも知れない)
うっすらと記憶に刻まれた父親の言葉。確か、何かに気を付けろと言っていたが…、その肝心の何かが思い出せない。
(盗賊だったか?人拐いだったか?)
どちらにしろ、保守派の戦闘員同様の訓練を受けてきたおれの敵ではない。
(気にしなくていいか)
スピードを緩めずに荒野を駆け抜ける。
もう少しで密林に辿り着く。大きな落葉樹が何本も見える。
あと少し、あと少し。
(やっぱり、勝ったご褒美は天体観測にしよう!)
そう思った瞬間、

足元で、
『カチッ』と音が聞こえた。

刹那、思い出した。
父さんの言葉を。


『…――あそこは地雷が埋まっているから気を付けろ。絶対に近付くな。』





『…―――――っ!!!!!!!!』





眼球を突き刺すような真っ白な光。

鼓膜が破れるのではないか、と思う程の爆発音。

何かが引き千切れる感覚。

鼻に広がった血の匂いと火薬の匂い。

全身を支配する、恐怖と激痛。


全てを纏って、






…――――おれは、爆ぜた。










―――パキッ、

何かが砕ける音で、おれは目を覚ました。
(また、悪夢を見てしまった…)
裏切り者の“夏端月惺”の次は、おれの身体の記憶。
(胸糞悪い…)
大人達が勝手に始めた争いに巻き込まれて、大人達が勝手に仕掛けた地雷を踏んだ。
あの日の出来事が、おれの人生が狂わされる発端となった。
右半身と内臓の幾つかを失い、機械を埋め込み生き長らえた。
(そう、関係無い人間が、何時も犠牲になる。)
ただ、平和と幸せを望んでいただけなのに。
身体を失い、父親を失い、愛した人を失い、全てを失った。
苦痛にしかならない世界ならば。
彼女を汚した醜い世界ならば。
おれが全て壊してやる。
あの日決意したんだ。
「………。」
ゆっくりと右手を開いた。掌には粉々になった苺味の飴。
先程のパキッという音はこれだったのか、と理解した。
そして、ロックオンから貰った飴をそのまま握っていたんだな、と思うと同時に切なさに似た何かが込み上げる。
(まるで、おれのようだ…)
粉々に砕けたそれは、今のおれによく似ていた。
修復不可能。
後は溶けるのみ。

「…――惺!!」
声だけでも分かった。
誰がおれを呼んだのか。
「はぁ」と溜め息。
ゆっくりと顔を上げると、ムカつく程に明るい笑顔を浮かべているロックオンと目が合った。
「居ないと思ったら、昼寝か?」
おれはロックオンの声を無視して、砕けた飴玉を口の中に放り込む。それはすぐに溶けてしまった。
「…機嫌悪いのか?惺」
「………。」
「悪い夢、見たのか」
疑問ではなく断定。
その科白に、おれの唇は「何故そう思う」と自然に問うた。
ロックオンは一瞬「言って良いのか?」という表情を浮かべる。そのくるくると変わる表情に、内心感服しながら「言っても構わない」とだけ告げた。
「この間…魘されてたから…」
ロックオンは答えた。
(成る程、この間のを見られていたのか…)
「…そうか。」
おれはそう言うしかなかった。

「なあ、惺…。お前、何か隠してるだろ?」
「……。」
何をだ、と返そうとして止めた。
隠し事など、数え切れない程にある。他人なんか、信用出来るはずがない。
自分以外が自分と同じでない限り、分かり合う事なんて不可能だ。
何れは裏切られ、絶望すると目に見えているのだから。
「惺、答えろよ」
「…ロックオン、」
催促する彼を制し、おれは立ち上がった。ギロリ、と睨み付ける。
「勘違いするな。」
キッパリと告げると彼は一瞬目を見開いた。
「おれとお前はたまたまガンダムマイスターに選ばれた者同士。それ以上でもそれ以下でもない。」
この際だから、思っていた事を全て吐き出そう。おれは確実に彼が傷付く言葉を探した。
「おれに関わるな。」
ロックオンは、おれを見たまま動かない。唇が何かを告げようとしたが、言葉は生まれずに終わる。
それが答えなのだと、嘲笑を浮かべ、おれは背を向けた。

刹那、


「…―――俺は……っ!!!!」




「お前の抱える闇を取り払ってやりたいと思ってる…!!お前が眠れない時は眠れるまで傍にいる…!!悪夢がやって来たら追い払ってやる…!!他人が信じられないのなら俺がお前に示してやる…!!だから――…!!」


…――そんなに悲しい顔で、笑うなよ。


背中に降り注いだ科白に、おれは心臓を鷲掴まれた。
戦慄く身体に気付かないふり。
彼の言葉に何も返さず歩き出した。
(分からない癖に、知らない癖に、)

どうして、こんなにも、おれの心を掻き乱す。

(やっぱり嫌いだ)

ロックオンなんか。





2012.11.29修正



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