俺――ロックオンは目の前に奇妙な組み合わせを発見した。
それは、まあ、刹那と惺の事なんだが、なんだか様子がおかしい。特に惺。
必死で何かを堪えてる、そんな感じがした。根拠は無い。何と無くだけど、確かに彼女の様子はおかしかった。
(………………。)
俺は二人に気付かれないように近寄った。すると、一気に会話が容易く聞き取れるようになる。
クリアになる会話に、俺は意識を集中した。

「…――惺が笑うのが見たい」
「…この罪が赦されない限りおれは笑えない」

(…罪?)
そういえば、以前彼女は夢で魘されれていた。夢の中で誰かを責め続けていた。
裏切り者、と。
俺の瞳を通して、誰かを見ていた。
惺の過去に何かがあったのは明らかだ。
助けてあげたいと思う。
救ってあげたいと思う。
しかし、寡黙で人を寄せ付けない惺は何も教えてはくれない。
心を開いてすらくれない。

俺は彼女を救う術を持たない。

――急に、辺りが静かになった。
見つめ合う刹那と惺。
長い沈黙の後、観念した刹那が惺の腕をゆっくりと放した。
「追加武装に行ってくる。呼んでくれてありがとう」
突き放すように背を向ける惺。その背中をじっと見ていた刹那だったが、意を決したのか「その罪は…」と呟く。惺は背中越しでも刹那が何を言おうとしたのか分かったらしく、刹那の言葉を遮った。
立ち止まる。背中を向けたまま、天を仰いで。

「…――生きている…。」

惺は何かを思い出すかのように瞳を閉じた。
しかしその瞳はすぐに開かれる。
「…――あいつを殺して生きている、それがおれの罪だ」
(…あいつ?)
いったい誰の事だろう、と思考を巡らす。しかし、当然俺に心当たりがある訳もなく。
惺はスタスタと無表情で歩いて―――…
(ってこっちに来るじゃんか!)
焦った俺は何とか隠れようとするが、時既に遅し。
「…あー…惺………」
「……………………」
鉢合わせてしまった。
(…俺って馬鹿。)
内心惺に何を言われるのかびくびくする俺だったが、惺は俺の予想を裏切って、無言で俺の横をスタスタと通り過ぎた。
「………惺…っ」
「…………………………」
俺はその表情に何だか違和感を覚えた。
思わず、去っていく背中に呼び掛けると、惺は刹那の時のように一旦足を止めて振り返った。
「…………………………」
見据える漆黒と紺碧。
右目には宇宙、左目には深海を携えて。
吸い込まれそうな程に綺麗な双眸。その双眸に、俺には言えない程の過去を秘めているのかと思った瞬間、胸の底から何かが沸き上がってくる。
痛みなのか、同情なのか、愛しさなのか、
まだ、俺にはその正体が分からない。
「え、と…」
「…………………………」
再び無言。何時もの俺ならこんなことにはならなかっただろうが、先程の惺と刹那のやり取りや告げられた科白が頭に引っ掛かって、思うように上手く言えない。
どうすればいいのか分からなくて「…あー…」と適当に声を出す俺。
呼んだのは俺だと言うのに。
もしかしたら惺は怒っているかも知れない。

すると、彼女は一歩近付いた。


「飴、ちょうだい。」


「え、あ、飴…?」
いきなりの科白にびっくりして吃ってしまった。しかも飴が食べたいなんて惺にしては珍しい。
「お前、この間嫌いって言ってたじゃねーか」
「………」
ちょっとした意地悪だった。そう告げると、予想通りの無言で返す惺。
(…それは肯定なのか?)
「………」
惺は何も答えない。
きっと彼女の胸中は様々な思いに揺れ動いているのだろう。それを飴で紛らわそうとしているのかも知れない。
「ストロベリーしかないぜ?」と言って飴を取り出した。
包みの上からでも分かる、甘い匂い。
それを差し出すと、惺はゆっくりと受け取った。
「…………………」
「…………………」
「…………これ、」
「うん?」
「……本当は、嫌いじゃない。」
俺はその言葉に微笑んだ。
「じゃあ、次からいっぱい用意しとくな」
惺は何も言いはしなかったが、一瞬だけ目を細めた。お礼も何も無かったが、俺にはそれだけで十分だった。何時もと違って柔らかい雰囲気が出ていたから。
何も言わないのは、きっと、どうすればいいのかを知らないからだと思う。
彼女は意外と可愛い面を持ち合わせている。
(…よし。)
ベリアルとおやっさんの元へ向かう惺。その背中を俺はぼんやりと眺めていた。
(刹那の気持ちも分かるな。)
俺だって、彼女の笑顔が見たい。
彼女の、本当の笑顔を。
ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、世界の変革を促す前に、
一人の人間として、
一人の男として、
世界に絶望した彼女を、
人間を憎む彼女を、
闇の底から救い出してあげたいと切に願う。


…――この戦いが終わったら、彼女は笑ってくれるのだろうか。

背中を見詰めながら漠然と思う。
分からない。だけど、彼女が笑ってくれると信じて。
その笑みを向けてくれると信じて。


ふわり、と、風に彼女の黒髪が舞った。




2012.11.28修正



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