視界が何故か真っ赤だ。その先に見える自分の両手が震えている。
…――そうか。拳銃を持っているのか。
何処か客観的に見つめている自分がいた。何時かこの時が来ると薄々は思っていた。
『…………………。』
目の前に横たわる幾つもの死体。これは全ておれがやった。罪悪感なんてものはもはや無い。
身体だけじゃなく、心まで人間から遠ざかる。
それでいい。
おれはただ裏切り者を殺すことだけを考える。
保守派の統領――自分の父親を暗殺されて、頭の中は怒りや憎悪で埋め尽くされる。
計画は完璧だった。
あとは実行するのみだった。
なのに、
どうして、
こうなった。
『…―――“   ”さん!!!保守派の中に革新派の回し者が!!!』
『何だと!!!』
その拳銃を握り締めて、荒野を駆け巡る。混乱に満ちた戦場を駆けた。
疑わしい奴を手当たり次第に撃ち殺した両手は真っ赤な血に染まる。
鉄の嫌な匂いが鼻を刺す。

だが、そこまでしても回し者は見つからない。復讐を遂げられない。
発狂寸前だった。
誰が、一体誰が。


刹那、一人の人間が現れた。

それは、金髪碧眼の愛しい――…

『なんで、お前が…』

この戦場に、一般市民のお前が何故居るんだ。
何故、そんな平気な顔で、戦場を歩き、おれを見据えているんだ。
彼女は微笑んだ。
『私が回し者よ、“   ”』
『嘘だ…』
『本当よ、“   ”』
彼女は再び笑う。
『お前が…!!!おれの父さんを…!!!?』
彼女は『今頃気付いたの?』と上からその言葉を放り投げた。
…――おれの愛した人が、おれの唯一の家族を殺した。
理解するのにそんなに時間は要さなかった。

『私は…革新派の統領の娘。あなたを惑わす為に此処に送られたのよ』

彼女の唇が絶望を紡ぐ。
(そん、な…!!!)
愛は徐々に憎悪へと姿を変える。
『全部、嘘だったのか…』
『そうよ。』
『……………………』
『……………………』
『……………………』
『……………………』
長い沈黙。
(あの優しい言葉も、眼差しも、全てが虚像だったんだ…)
初めから、真実など無かった。
在るのは偽りのみ。
その偽りを実像だと思い込んでいたおれの負けだ。
生まれる憎しみの念。
ピシリ、と、何かが音を立てて崩れ落ちた。

『このぉぉおお!裏切り者めぇぇええ!!』

沸き上がる醜い感情に身を委ね、銃口を彼女に向ける。
彼女はおれの行動を予想し、覚悟していたのか、悲しく微笑んだ。
『愛していたのに…!!!』
『…………。』
『この世界が醜いから、お前は歪んでしまった』
『……可哀想な“   ”。』
何だか余裕な彼女が腹立たしかった。この上なく。
『畜生!!!殺してやる!!!!』
――バーン!
と威嚇の意味で一発。
しかし彼女は逃げない。
『愛していたのに…!!!!』
おれは声を絞り出す。出るのはそんなちっぽけな言葉ばかりだった。
彼女は笑うばかり。
『ねぇ、“   ”』
『………っ!』
『私を忘れないで。』
つぅ、と情けなく涙が零れ落ちた。
『忘れないさ…!!!!』
(愛してる。だからこそ裏切られたのが苦しいんだ。お前を殺したいくらいに、愛してる)
拳銃を持つ手が震えた。彼女は微笑む。おれの眼帯を指差した。
『ねぇ、“   ”。私の瞳をあげる。私が死んでもずっと私を忘れないで』
左目をくれると告げた彼女。死を覚悟したのだろう。おれは震える両手を叱咤した。
『ああ…。ずっと忘れないさ…。』
『鏡を見る度に私を思い出して。恨んで憎んで愛して』
『ああ。お前を殺した感覚全て忘れずに刻み込む。その記憶を糧におれは世界をぶち壊してやる』
『あら、物凄い野望ね』
おれはトリガーに指をかけた。
刹那――彼女が困った表情で笑った。

『月が…綺麗ですね…』

その呪いの言葉を吐き出して、おれに一生消えない魔法を掛けた。
ゆっくりと、指に力を込める。
これで、最期だ。
その愛しい名前を。






『愛してる…!夏端月惺…!』







―――おれは、トリガーを引いた。










「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
おれは意味が分からなくなった。素っ頓狂、そんな単語が今のおれにはぴったりだろう。
目の前で誰かが見下ろしている。逆光でよく見えない。目を細めて確認する。惺…か…?いや、さっきおれはトリガーを引いて…、あ、ああ、刹那だ。刹那。頭がまだ混乱している。
(…あれ…)
さっきまでおれは拳銃を持っていて――…
(ああ、夢…か)
今度は理解するのにしばらくの時間を要した。
(そうか、追加武装って言ってて…)
おれは刹那の瞳を見た。
刹那は猶も無言。
(エクシアが来たからエクシアを先に……ああ、そうだ)
やっと覚醒した。
暇で寝てしまったんだ。
「悪い…」と、おそらく呼びに来た刹那に謝って立ち上がる。
今度はベリアルの追加武装だから行かなくてはいけない。
ゆっくりと立ち上がり、その場を去ろうとしたのだが、
「刹那…?」
思わず名前を呼んでしまった。
刹那がおれの腕を掴んだのが視界に入った。
引き止められる理由が見付からなくて「どうした」と訊こうとした時、刹那が言葉を紡いだ。
「それは誰の瞳だ」
「…………へ?」
思わぬ科白に、素っ頓狂な声が出た。
一瞬、感情の制御がきかなくなるところだった。
(なぜ、それを…)
必死で堪える。それを悟られないように「どうしてだ」と問い返した。
「…魘されてた」
しくじった―――おれはそう思った。
(寝言でも言ったのか…?おれ…)
冷や汗のようなものが背中を滴る。
「刹那には…関係無い」
「そうだ。だが…」
交差する瞳。
刹那の瞳は嫌いじゃない。
だけど、今はその瞳が怖くて仕方ない。
見られたくないものまで、見据えられそうで。
知られたくないものまで、暴かれそうで。
刹那は言った。

「惺が笑うのが見たい」

(笑う、だと…?)
おれは固まった。
そんなの、とうの昔に捨てた。人間らしさなんて、捨てた。
おれは人間なんかじゃない。
今更人間らしくなんて成りたくない。
ただ、世界を壊す、
その為に存在しているだけ。

「この罪が赦されない限り、おれは一生笑えない」

刹那は「どう言う事だ?」と瞳だけで問うた。おれはゆっくりと吐き出す。
「世界がおれ達に与えた苦しみ、おれが彼女に与えた苦しみ。全ての罪が消え去るまで、おれは罰を受けなければいけない」
…――この穢れた世界で苦しみながら存在し続ける、という罰を。
おれは刹那を見据えた。

「…追加武装に行ってくる。呼んでくれてありがとう」

背中を向ける。
これ以上は問い質さないでくれ、と。
これ以上は踏み込まないでくれ、と。

刹那がどんな表情をしていたのかも、気付かずに。




2012.11.28修正



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