その国は、内戦やテロが絶えなかった。
政治が荒れていて毎日のように革新派と保守派に別れて争いを繰り広げていた。
日常で銃弾が飛び交うのも屡々。地雷だって至るところに隠されていた。

それでも、彼女は生きていた。
そんな荒れた世界の真ん中に、確かに彼女は生きていた。

――保守派の統領の娘。
彼女はそんな立場だった。
それなりに頭の回転も良く、若いながらも保守派の会合などに参加していた。

黒髪と黒眼が綺麗な女の子だった。


『…なぁ、そこで何してんだ?』
『お花見てるの』
『…へぇ、こんな荒れた所に花が咲いてるんだな』
『うん。……君、保守派の“   ”でしょ』
『何でお前が知ってるんだ』
『有名だもの。保守派のルーキーは頭もキレるし美人だって』
『………。』
『…お、性格に難有り、か』
『笑うな。……お前は?』
『私?私は一般人だけど』
『違う、名前だ』
『ああ、名前ね。私の名前は―――…』


思えば運命を通り越して宿命だったのかもしれない。

黒髪の彼女より年上の女性。可愛らしい、という言葉が良く似合う。黒髪の彼女は金髪の彼女に瞬く間に惹かれていった。
時間が許す限り共に居た。
泣いたり笑ったり喧嘩したり、世界は争いを止めないと言うのに、それでもその荒れた世界の片隅に幸せを感じてはいた。
二人は強い絆で結ばれていた。黒髪の彼女は金髪の彼女に恋心を抱いてしまう程に。

『なあ、おれはお前を愛し――…』

黒髪黒眼と金髪碧眼。
そのちっぽけな幸せが虚像だと気付いたのは直ぐだった。



『ど して…おれを  のま で死  てくれ  った だよ…!』


世界の絶望まで、あと一歩。


『………………。』
『…“   ”』
呼ばれた名前に振り向く黒髪の彼女。
その目には眼帯、そして右半身は何もなかった。腕も、脚も。
『“   ”、身体の調子は…?』
金髪の彼女が訊ねる。黒髪の彼女は無言。紛争が罪のない彼女の右半身と左目を奪ったのだ。
命が繋がっていても、この胸の奥にぽっかりと空いた穴は塞がりはしない。
きっと、塞がる事など無い。
『……人間なんか、大嫌いだ…』
黒髪の彼女は呟いた。
金髪の彼女は苦笑いを浮かべた。
『大丈夫。生きてればいいことはあるから』
『………………………。』
黒髪の彼女は目を閉じた。

(そんなの、有り得ない)

世界は汚い。
自分に残されたのは絶望と虚像しか無い。
それでも、
それでも、
それでも、
絶望した世界の片隅でもいいから、
彼女が笑いかけてくれたら、
それだけで十分だったのに。
(彼女だけは、信じていたかったのに)


それすらも虚像であると気付かぬまま。



(おれは悪夢から逃れられない。)







アレルヤがミッションに向かった頃、ロックオンは暇を持て余していた。
話し相手がいなくなったので、今度は惺に一方的な会話をしようとしたのだが、気が変わった。

彼女の寝顔を見たら。

ロックオンは惺を起こさないように静かに隣に座る。大きな岩に身体を預けて昼寝の世界へ旅立っている彼女は、いつもの様子からは想像もつかないほど穏やかな寝顔だった。
「まったく…」
ロックオンは苦笑いを浮かべながら惺を見た。ついでに彼女のさらさらの髪の毛をひと掴みする。寝てる今だからこそ出来る事。起きていたらきっとロックオンの命はないだろう。
「………………」
(いつもこんなのだったらな…)
と、ロックオンが溜息をついた時、惺の眉間に皺が寄った。
(、!)
起こしてしまったかと心配するロックオン。髪の毛から手を離す。
しかし、どうも違うようだ。
「………う…、」
「……惺…?」
(…魘されてる、のか?)
「いかな…で…くれ…」
「…惺」
再度名前を呼ぶ。
「大丈夫、俺がいるから」
少しでも楽になるなら、と握った左手。その手が思ったより冷たくて一瞬驚いた。
その手を温めるように、お前は独りじゃないと言うように、少し強い力で彼女の手を握り締めた。
そして「惺」ともう一度名前を呼ぼうとした時だった。
彼女はゆっくりと瞳を開いた。
しかし、焦点が合っていない。虚ろなまま、何処か遠くを見据えている。
「愛 て、  、のに…」
(いま、なんて?寝惚けているのか…?)
ロックオンは小さく紡がれた彼女の言葉を逃さまいと注意する。
ゆっくりと、再び彼女の唇が言葉を生み出す。
「…お前を、 したい らい……、」
小さくて聞き取れない。
しかし、


「…―――うらぎりもの…」


ただ、確かにその言葉だけは聞こえた。


そのまま再び閉じられる瞼。
数秒後、穏やかな寝息が再び聞こえる。


「なあ、惺…、お前は何時になったら俺を頼ってくれるんだ…?」
ロックオンの切ない声が響く。
しかし、その唇は答えを紡いではくれない。
(なあ、ずっと、独りで背負って来たのか、惺?)
ただ、彼女が彼女しか知らない過去によって苦しんでいるのは十分理解出来た。
「惺、」
ロックオンは優しく惺を抱き締めた。子供を大事に抱く母親のように。


「…お前は…何も言わなすぎなんだよ…」


寡黙でいつも無表情で、何を考えているかよく分からない惺。

彼女の闇を取り除く術を、まだ知らない。




2012.11.22修正



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