『コードネーム惺・夏端月。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ』

…―――嘘だろう?
一番最初に思ったのはそれだった。だってそうじゃないか。こんな若い女性がガンダムに乗ってるだなんて誰が思うか。
突然告げられた事実に意味が分からなくなって「撫子」とただ名前を呼ぶが、目の前の彼女は冷たい表情で「おれは撫子じゃない」と切り捨てた。
その瞳はただ冷たい。温もりの欠片も無く、目の前の私をただ“敵”として認識している。
ぞくり、と寒気がした。それはきっと殺気に似た何かだ。この年下の女性は、本当にガンダムマイスターであるのかも知れない、と、両手が無意識に戦慄く。
「惺…?」
告げられたコードネームを呼ぶ。彼女は何も答えない。
『ゲームをしようか、グラハム』
先程の科白がいやに頭に残っている。
今この場で決着をつける事はせずに、長期戦に持ち込もうではないかと問う。フラッグファイターとガンダムマイスターの二人で、水面下の騙し合いのゲームをしようと言うように。
混乱する私を余所に、惺は変な方向に曲がってしまった腕を力付くで直していた。
その顔は無表情だ。
ネジが数本飛んだ。
(やはり義手だったのか…)
惺は気にすることなく腕から私に視線を移した。そして、無機質な声で「お前は、絶望を垣間見ても猶、自分のその意志を貫けるか」と放った。
憎悪を秘めた瞳が私を捉える。何かを試すかのように。
絶望を垣間見ても猶、自分の意志を貫けるか―――そう問われても、私には全く理解出来ない。
その絶望が何なのか。どう言う意味なのか。
(もしかしたら彼女は理由があってガンダムに乗っているのかも知れない)
ガンダムマイスターを確保しなければと思うのに、そんな無駄な思考が全てを遮ってしまう。軍人としてのグラハム・エーカーを握り潰すように、彼女は私の興味を引いて心を揺さぶる。
「…君は、絶望を垣間見たのか…?」
その瞳に問うた。
彼女は何も答えてくれない。ただ鋭く瞳が細められる。
黒い瞳と碧い瞳に自分の姿が映り込んだ。
そんなに綺麗な瞳なのに、憎悪を映すなんて勿体無い、と不謹慎にも確かに感じた。
惺は、そんな私に気付いているのか否か、一層鋭く睨み付けた。
その瞳が。
漆黒と紺碧が、
私の胸を締め上げる。
(……ああ、)

「綺、麗……だ…」

唇は勝手にそんな科白を吐き出していた。
彼女は一瞬だけ目を見開くが、すぐに無表情に戻って再び私を睨み付けた。
理性が壊れる。
彼女を今すぐ捕まえるべきなんだ。フラッグファイターとして。一人の軍人として。
しかし、
胸が、苦しい。
彼女の瞳が、余りにも悲しいから。その瞳が、とてもテロリストなんかには見えなかったから。
理由が知りたい、と。
そう、思った。
「…なあ、惺」
「……。」
惺は無言のまま、此方の科白の続きを待っている。
このゲームに勝てば、私は彼女を捕まえる事が出来るのだろうか。
このモヤモヤと霞んでいる気持ちの正体が分かるのだろうか。
その瞳を漠然と見詰めた。

「…このゲーム…乗った。」

「へぇ」と彼女は呟いた。
じっ、と見据える。私はもうこの好奇に勝てなかった。
私は君の絶望と闇を暴いて見せる。そして、その上でソレスタルビーイングを壊滅させようではないか。
一瞬だけ、彼女が微かに笑った気がした。

「…――ゲーム、スタート。」

そう呟いて、惺は去って行った。







―――時は流れ数時間後。

「……………………。」
ロックオンとアレルヤは南海の孤島に身を潜めていた。
そして、
「惺〜…どうしてそんなに不機嫌なんだ〜…?」
惺も孤島にいた。
これには訳がある。
勿論、先程の件が原因。
最初は米国に隠れていた惺だったがユニオン所属のグラハム・エーカーに見付かってしまったのだ。そのため、急遽米国から孤島へと移って来たのだ。
その事実を彼らは知らないが、米国から急いで帰ってくる程だから彼女が何等かに巻き込まれている事は勘づいていた。
惺としては、逃げるつもりは全くなかったが、結果として逃げる形になってしまった。
それは不機嫌さを制御出来ないのも当たり前で。
「…………………。」
「惺〜…」
「ロックオン、そっとしておきなよ…」
「だってよ〜…」
あまりにもしつこいロックオンをアレルヤが注意する。惺には心底有り難かった。もう少しで八つ当たりする寸前だった。
「…………………。」
アレルヤはロックオンを再び見た後、惺を確認した。やはり無言だ。彼は僅かに安心すると、端末を確認する。
「………………」
ロックオンもスメラギからのミッションプランを見つめ、黙るアレルヤに問い掛けた。
「どうした?独りじゃ不安か?」
「そういうわけじゃない。ただ、僕達の行動が、新たな紛争の火種になる気がしてね」
「警察の存在意義と同じだな。警察は犯罪撲滅や犯罪抑止を目的として存在してるが、実際に犯罪がなくなれば、彼らの存在意義が失われる。かといって、警察機構を全部なくしちまえば、犯罪は飛躍的に増えることとなる」
アレルヤは「そうだね…」とだけ答えた。
「ハナから矛盾しているのさ。俺達の存在は」
ロックオンが言った。
惺はそんな二人の会話を聞きながら考えていた。

―――存在意義。

ソレスタルビーイングは戦争の根絶。ロックオンやアレルヤも何かしら理由があって戦っている…
(じゃあおれは――…)

『“   ”、』

一瞬、“彼女”が呼んだ気がした。

『ごめん、私は――…』

『裏切り者!!』

『死んでも“   ”と一緒にいたいな』

『…惺……っ!!!!』

『月が…綺麗ですね…』


「…しめて…世界への復讐ってとこか…」


フラッシュバックした光景に惺は独りで嘲笑を浮かべた。




2012.11.22修正
2013.02.20修正



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