それを愛と言うには難しいのかも知れない。
でも、一方通行でも確かに愛は存在していたんだ。
過去を辿れば朧気ながらに思い出す笑顔の彼女。まだ何も知らなかった愚かな自分。
…―――運命は残酷だった。
彼女が離れて、おれは様々なものを失った。
それは、徐々におれの認識を変えていく。
そしていつの間にか愛は愛ではなくなった。
純粋に愛を信じていたあの頃の自分はもう居ない。
真っ黒な塊と訳の分からないぐちゃぐちゃな感情の混じり合ったそれ。
半ば依存に似ている。
そして愛は罪に。罪は罰に。
気が付けば、おれは、ただ世界を壊す為に存在していた。

『月が綺麗ですね』

何故だろう。
自分の全てを忘れてしまっても、その言葉だけは頭から離れない。

そして憎しみは生まれ落ちた。









最近、右腕の調子が良くない。
ごたごたしていて今まで気付かなかったが、右腕を動かす度にギシギシと軋むような音がする。
しかし、残念なことに替えの義手は全て黒いケースに入れてプトレマイオスに運んでしまった。
(…我慢するか)
若干の違和感はあるが、動かせない訳ではないと思い直す。
そしてゆっくりと空を見上げた。実は惺は今外でうろうろしている最中だ。
あまりにも仕事がなくて、暇になったのだ。
(刹那やロックオンにはあるのに。おれは何時も待機ばっかり…)
「…はあ」
溜め息が洩れた。
子供達やカップルが通り過ぎるのを興味なさそうに眺める。何人かの男が惺を振り返ったが、それすらも気にしていないのかひたすら歩いていた。
しかし、あるものが惺の興味を引き付ける。
…――目の前に見える金髪の男。
その人物は明らかにこの間会った男。
(確か…)
「グラハム・エーカー…」
惺はあからさまにばつが悪そうな顔をして呟いた。この人物には最も会いたくない。
前回に会った時、恐らく何かを感づかれたのだろう。グラハムの態度が若干おかしかったのを惺は見抜いていた。
それに、今は右腕の調子も良くない。下手に何かして正体がバレてしまう前に、早くこの場を去ってしまおう。
(あそこに…隠れるか…)
「……………はあ……。」
深い溜息。そして一旦物影に隠れる。そこでグラハムの服に何気なく目を移した惺は驚いた。
(MSWAD……ユニオン…!)
青い隊服。そこにはMSWADと印されている。
(敵、だったのか)
どうして彼が。自分の正体に気付かれたのか。
(いや、そうではなさそうだ。知っていたらあの時既におれは…)
知らなかったとはいえ、一瞬でも敵と馴れ合いごっこをしてしまったなんて。惺は怒りに似た何かを覚える。
(……………っ、)
「……………。」
背中に変な汗が滴る。それに気付かないふりをして冷静を装いながらゆっくりと後退。そしてその場を離れようとした惺。
しかし、

―――ガション…ッ!!!
「――――っ、!!?」

突然腕から金属音。そして勢いよく視界から飛び出て消えていく銀色の物体。
(なっ!?ネジが…っ!!)
惺は一瞬にして理解した。同時に焦燥感が全身を支配する。義手からネジがすっ飛んだ。
(……ちっ)
ネジがすっ飛んだだけならまだいくらかごまかせた。しかし、ネジが無くなった場所が場所だったのか、腕がダランとぶら下がったまま動かない。
飛んで行ってしまったものは仕方無い。このまま我慢して逃げよう。
「くそ…役立たず…」
つい声を出してしまった惺。そしてそれは更なる不運を呼び寄せた。

「ん?撫子…?」

(…あー…最悪…、)

そう、グラハムにばれてしまったのだ。
惺は咄嗟に右腕を隠し、いつものようにグラハムを見据えた。
「…………。」
「今ネジが飛んで来たと思ったら、撫子がいたから驚いてしまった」
そう言いながら近付くグラハム。惺の焦燥感は大きくなる。
「……………。」
「………………?」
刹那、グラハムは何かに気付いたらしい。ツカツカと惺のところまでやって来た。そしてがっしりと惺の右腕を掴んだ。
「―――――っ、!」
「撫子、これはどういう…」
「――おれに…ッ!触るなッ!!!!」
咄嗟の行動だった。
人に触れられるのが大嫌いだったから、どうしても過剰に反応してしまう。いつもの冷静さも何処かに行ってしまった。
思わぬ拒絶に見開くグラハムを余所に、勢いよく回し蹴りをいれて逃げようとするが、がしっと左足も掴まれてしまった。
流石軍人、と言うべきか。
一瞬にして惺の両目に憎悪の感情が浮かび上がる。
「汚い人間が!!!おれに…ッ触れるなッ!!!」
「何を言ってるんだ撫子…!」
「うるさい!!!!人間が…っ」
「落ち着け撫子!おまえも人間だろう!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
惺は叫ぶ。
混乱から色々なものがフラッシュバックしてくる。
(だめだ、思い出すな…!!!)
もう何が何だか分からない。
「おれは…っ、撫子でも…っ、人間でも…ないっ…!」
「撫子…?!」
とうとう混乱の頂点に達した惺はグラハムに掴まれた足を無理矢理離す。腕も離そうとしたが、惺が逃げようとしていることに気付いたグラハムは離してくれない。
「―――ッ!」
―――ガション!!
衝撃で腕が変な方向に曲がる。
「…ッ、」
(……………!)
もう駄目だと直感した惺は、一旦抵抗をやめた。
「…撫子…?」と控えめに声がかけられる。「離せ」と呟くと、グラハムは惺が離れないと分かったからか、言う通りに腕を離した。
「大丈夫か…?」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
沈黙が辺りを支配した。
惺はゆっくりと下を向いた。何故だろうか、もうどうでもよくなった。
「…なでし――」
「撫子じゃない。」
名前を呼ぼうとしたグラハムを遮った。

『私は…革 派 統  娘。あな を わす為 此処に  れた よ。』

グラハムと彼女が重なった。
地面から視線をグラハムの両目へと移動する。むかつくくらい真っ直ぐな瞳へ。
(きっと、こいつは人間の汚さを知らない)
惺は嘲笑を浮かべた。
それはグラハムに向けたものか、それとも自分に向けたものか、自分でもよく分からなかった。


「おれは…コードネーム惺・夏端月、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだ」


惨い真実を突き付ける。
お前と出逢ったのも何かの縁。もしかしたら運命なのかも知れない。
(運命、なんて言葉、信じてないけど)
目を見開いたままのグラハムに、おれは刃を突き刺した。
「ゲームをしようか、グラハム。」
(お前のその真っ直ぐで無垢な瞳)

何時まで持つかな。




―――賽は投げられた。




2012.11.17修正



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