『おれ、おまえが好きだ』
『私も好きだよー?“ ”』
『いや、そう言う意味じゃなくて…、おれは…っ』
『え…?急にどうしたのよ“ ”?』
『…真面目に聞いてくれ。』
思わずポーカーフェイスを崩してしまった。真面目な話をしていると言うのに、ちゃんと聞いてくれよ―――おれはさぞかし滑稽な表情を浮かべていただろう。金髪碧眼の彼女は一瞬だけ吃驚した後、ジッと此方を見詰めた。おれも彼女を見詰め返す。
その、碧い碧い瞳を。
まるで、それしか知らないかのように。
『女だけど…、おれはおまえを愛―――…』
あの後はよく覚えていない。
ただ、困ったあいつの顔だけは、今でも鮮明に覚えている。
●●●
「……………。」
携帯端末を取り出して呼び出しに応答した惺は、向こうに映った人物を捉えるなり眉間に深い皺を刻んだ。だいたい予想はしてた。だが当たったら当たったで腹が立った。
「おいおい、どうしてそんなに嫌な顔をするんだ」と向こう側の人物――ロックオン・ストラトスは苦笑を浮かべる。惺はそのお気楽さに更に腹が立った。が、そこは流石と言うべきか、ポーカーフェイスで何とか隠し、「何でもない。ただ、礼は言う」と素っ気なく吐き出した。
「礼…?」
不思議な顔をするロックオン。惺は特に何も説明しないで何時ものように無愛想に対応するが、彼も相変わらず惺を構いたがる。その勇気と根性に拍手を送りたい。
(まあ、今回は見逃してやる)
正直、グラハムと一緒に居るのが気まずかった(というか、何か嫌な予感がした)惺は、携帯端末に連絡が入り、一瞬だがホッと胸を撫で下ろしたのだ。
しかし、その人物がよりによって…。
(運が良いのか悪いのか…)
「で、何の用」
ロックオンの瞳を見据えながら問うた惺。しかし、ロックオンはニッコリと笑みを浮かべて「いや?」とだけ返した。
「…………………。」
無言モードに切り替わる惺。
ゆっくりと視線を逸らした。
(こいつは、用がないのに連絡を寄越したのか…?暇なのか?アホなのか?)
何にせよ、彼の行動が理解出来ない。
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
ロックオンはそんな惺の気持ちを見抜いているようで、ニコニコと純粋無垢な子供のように笑いながら、此方の返答を待っている。
が、漸く気付いた。
彼はこう云う人間だったではないか。
惺は、嵌められたと思いつつロックオンに向き直った。
「用がないなら切る」
「あんだけ時間かけた答えがそれかよ…」
呆れ半分。笑い半分。が、その表情は優しげな笑みへと変わる。
「そりゃ、用も無いのに携帯端末使ったのは悪かったよ。でもさ、凄ーく惺に会いたいなー、って思ったら耐えきれなかった」
「…………………。」
惺は石化した。ロックオンにも気付かれてしまうくらい、分かりやすい程に。
自分に会いたい、なんて、普通は思わない。
自覚はしている。無愛想で無表情で無口で、おまけに人付き合いが苦手。寧ろ独りでいたい――そんな人間に、誰が会いたいなどと云う感情を抱こうか。
「おま、えは…頭が、おかしいんじゃないか…?」
途切れ途切れの科白。心に広がった波紋を隠しきれなかった。
苦し紛れにロックオンの悪態をつくが、それが照れ隠しなのだと気付いてしまった彼は笑みを更に深くした。
「…惺さ、最近よく話してくれるようになったよな」
「…いや」
惺は否定の言葉を述べる。しかしロックオンは確信した。
(ほら、前までは否定の言葉すら返してくれなかったのに)
「違わないよ。俺は惺が心を開いてくれて嬉しい」
素直で真っ直ぐなその科白。
ロックオンの言葉に、胸の奥が軋んだ。
(どう、して…)
訳の分からない感情。
惺は無意識に下唇を噛んでいた。
「あ、」とロックオンの声が聞こえる。
「俺そろそろ行くな?」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
沈黙。ロックオンは笑顔だったが、惺は眉間に深い皺を刻みながら半ば彼を睨み付けるかのようにその澄んだ瞳を見据えていた。向こうで「ふっ」と小さな笑い声が聞こえた気がした。
「じゃあ、またな。惺」
「………。」
――ぷつっ、と途切れた携帯端末。
惺はもう反応を示さないそれを睨み付ける。そして呟いた。
「………違う。違うんだ。」
ぎゅっと強く瞳を閉じた。
(心なんて、開くはずがない)
開いたって、傷付き傷付けるだけだと、此の身を以て知ったから。
心なんて、開く以前に捨てたはずなのに。
『“ ”、ごめん私は―――…』
ふと、彼女の声が甦る。
綺麗なソプラノ。
その声が、絶望を紡ぐその瞬間。
『私は…革 派 統 娘。あな を わす為 此処に れた よ。』
「人間なんか……っ、大嫌い…っ、」
紡いだ言葉は、びっくりする程弱々しかった。
全て、捨てきる事が出来たら、さぞかし楽だろうに。
2012.11.06修正
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