…――ねえ、
君は、まだ、
寂しげに、ブルームーンを見上げているの?







「――初めまして。シャマシュと申します。先日、ファリド准将のもとに配属されました。よろしくお願い致します」
人好きのする笑顔を浮かべて、幾度目かの科白を紡ぐ。
私の目の前の二人は意外そうな顔を浮かべてこちらを見詰めた。一方、隣に居る二人は、慣れているのか、はたまた興味が無いのか、全く動じない。
そう、現在、私――シンは、特殊工作員として培った技術をフル活用して、ギャラルホルンに潜入している。

「また怪しそうな男を部下に…」
イオク・クジャンが呟いた。
(…殴っても良いかな??)
一瞬浮かんだドス黒い感情。ぎゅっと拳を握って衝動を堪える。
幼い頃から、ガエリオ、マクギリス、カルタ、と一緒に居たせいで、実はこいつとも若干顔見知りだったりする。初っ端から「うわぁ」と、汚物を見るような目でこちらを見ていたので、第一印象は最悪。しかし、私の人生に大して関係無い人物だろうし、と、寛大な心で流していた。
今は何も思わない。だから、この男に特にこれと言った恨みは、無い。
無い、
のだけれども、
(やっぱり殴って良いかな?)
タイムリープしていた頃を思い出す。
毎回毎回スタート地点となっていた、あのパーティー会場。あれはクジャン家の敷地だった。
そう、言ってはいなかったけれども、実は、あのパーティーはイオクの誕生日を祝うものだったのだ。何度も何度も、ガエリオを救えずに苦しんで繰り返していた中、毎回毎回、スタートがイオクを祝わなければならないと言う苦痛。もう顔を見ただけで条件反射でムカムカしてくる。彼が悪い訳じゃないと頭では分かっている。けれども一発殴らせろ。

「イオク、そのような発言は失礼だぞ」
ラスタル・エリオンがイオクの代わりに失礼な発言を詫びてくれた。が、やっぱりイライラするものはする。あとで何かしらのイタズラを仕掛けてやろうと心に誓い、人知れず拳を握った。
「いえ、気にしておりませんので。大丈夫です」
ニコッ、と、再び人好きのする笑顔を振りまいて誤魔化す。目の前のラスタルは、しばし何かを考えるような素振りを見せた。
(なんだ…?)
思わず此方も探るような視線を向けてしまう。ハッと気付いて直ぐに平生を装ったけれども、大丈夫だったろうか。
(と言うか、こんな男の傍に居て大丈夫なのかな。ガエリオは)
ふと、愛しい男の顔が過ぎった。
そして、脳裏に蘇る、ここに来る前の会話。


『…――あ、そう言えばね、あの素顔を隠す仮面。この間私がデザインしたやつあるでしょ?発注しといたよ』
『う、嘘だろ…。シュコーってなって、ブゥンと光る、あの仮面だよな…?』
『はい。そしてシャッと開閉します。とても頑丈で銃弾も弾きます』
『嘘だろ…またオプションが追加されてる…。そもそも顔面に銃弾を食らうシチュエーションなんて無いだろ』
『いーや、もしかしたらあるかもよ?こんな風に。パーン!』
『分かった分かった。被るから被るから。本当に困った女だ』
『ガエリオの為を思ってしてるんだよ?』
『ハイハイ…。じゃあ、俺の頼みもひとつ聞いてくれるか?』
『なにー?』
『特殊工作員の力を使って、マクギリスのところに潜入してほしい』
『いま何て言った?ガエリオ?』
『聞こえなかったか?俺はラスタルの元について外側からマクギリスを追い込む。お前はマクギリスの元に潜入して内側から追い込め』

『……。』
『……。』
『…シン、』
『……。』
『……。』
『ガエリオは…、』
『……、』
『私がずっとマクギリスの傍に居ても平気なんだ?』
『…シン、』
『また、マクギリスに、ひどいことされたら…』
『…、シン、』
『私…とてもこわいよ…』
『……。』
『……。』

『…シン。』

『……。』
『……。』
『……。』

『演技はやめろ。本当はちっとも怖がってないだろうが』
『あ、バレた?』
『どれだけお前を見てきたと思ってんだ。それに、俺が言わなくてもきっとお前はそうしただろ』
『綺麗に見透かされてるねえ…』
『流石だろ?』
『ハイハイ』
『受け流したな…。……まあいい…。俺がマクギリスの元にお前を送り込むのも、少し考えがあるからだ』
『考え?』
『ああ。……多分…、お前達は、気付いてないと思うが…、きっと…』
『……。』
『……。』
『……。』
『まあ、いずれ分かるさ』
『いま説明面倒臭くなったんでしょ。そうでしょ』
『さあ、今日は天気も良いし、散歩にでも行くか!こうしてゆっくり出来るのもあと少しだ』
『ねえ、話逸らさないでよ。ねえ、ガエリオ』
『さ、行こうか、シン』
『聞いてる?』
『行くぞ!』
『わっ!ちょっと!勝手に抱き上げな…っ!わああああ〜〜っ!!!』


(あれ、なんだろ…。なんか腹立ってきたな…)
まあそれはさて置き、今この場には居ない彼は、ヴィダールとして上手くやっているのだろうか。(そしてあの仮面を上手く使えているだろうか。)
まあ、彼の事だし、ちゃんとやっていると信じよう。会えない間、私は私のやるべき事をしなくては。
人知れず拳を握る。

「准将、そろそろお時間です」
石動の言葉に、マクギリスが「ああ」と頷く。マクギリスは、准将になってから色々と忙しいらしい。マクギリスが忙しいとなると、部下の私も必然的に忙しくなる。
潜入するのは良いが、無駄な仕事が多いのが本当に面倒臭い。全部石動がしてくれないかなー、なんて密かに思った。

「では、失礼。」

軽く頭を下げたマクギリス。私もそれに続いて頭を下げる。
不意に、また、ラスタルと目が合った。
(え…、なに…?)
未知のものに遭遇したような気分だった。こんな相手は初めてだ。何を考えているのか見当もつかない。
(ガエリオ…、しっかりしなさいよ…)
心の中で祈る。

ラスタル・エリオンから目を逸らし、私はマクギリスの広い背中を追いかけた。



2017.05.19

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