あの頃を思い出す。
君の背中を呆然と見詰めたあの時を。

こんなにも永い月日を巡って来たのに、
あの広い背中は、今でも鮮明に。



『…―――ねえ、マクギリス、』




■■■



「またですか、准将…」

石動の困った顔が見える。執務室には私達しかいないというのに、わざわざ、声を潜めて。
マクギリスは、私の方を見て、何かを考えるように視線を下に向けた。が、それは一瞬の事で、直ぐに石動に向き直る。「仕方ないさ。自分で蒔いた種だ」と答える。
「准将、何かあったのですか…?」
“また”と言ったのだから、これが初めての事ではないのは確かだ。少なくとも二回。マクギリスの顔はよく分からないが、あの石動が僅かに困った表情を見せる事は滅多にない。余程の事に巻き込まれているのだろうと推測した。
ガエリオに頼まれてここに潜入しているとはいえ、今はマクギリス陣営の人間だ。こちらまで厄介な事に巻き込まれる前に、不安要素は早めに隠滅したい。やり方はいくらでも知っている。
マクギリスは、私の問いかけに「まあ、特に気にする事ではないが…」と前置きをしてから口を開いた。

「少々、強請られていてな。」
「ゆっ、強請られ…っ?」

予想の斜め上をいった返答に、思わず言葉を反芻してしまった。
あのマクギリスが、強請られているとは。強請ってきている相手はどれ程の人物なのか。馬鹿か、命知らずか、どちらにせよ、マクギリスの駒として利用すべく今は表面上言う事を聞いているだけなのかも知れないが。一応、念のために訊いておく。
「准将を強請る人なんて居るんですね。それはどこのどいつですか?必要なら、私が消してきますが」
マクギリスは「ふ、」と声を漏らして笑う。
「頼もしいな。しかし、君に出来るのかな…?」
少し、馬鹿にしたように。
しかし、「いや、君ならできるか…」と急に真面目になる。

「少し、勘違いをされていてな。まあ、その時は勘違いされていても良かったし、それが現実になっても面白いなんて思っていたんだ」
「…はあ」
(何を言ってるんだ?)
「私には婚約者がいるのは知っているな?」
「はい、勿論」
「婚約者がいるにもかかわらず、娘を誑かしたと言われているんだ」
「…はあ」
(なんだ。聞いてみたらただの昼ドラか)
男女間のドロドロなら私の出る幕は無いなあ、とぼんやり考える。
まあ悔しいが、マクギリスは見目が良い。出身の悪さが霞む程には見目が良い。騙される女も山ほど居るだろう。過去に色々あったのも私は知っている。だから愛人の一人や二人や三人いても私は驚かない。
つまらない話だ、とマクギリスを見据えていると、不意に、刹那、彼の目が細められた。
ほんの刹那だったけれど。
特殊工作員として、人の表情を数多読んできた経験のある私は、感じ取ってしまった。
ほんの少しの彼の異変を。
「その娘が、私の為に命を落としたと罪を擦り付けられているんだ」
「すごいやつですね」
マクギリスは笑う。「そうなんだ、すごいやつなんだ」と面白そうに。
「大して娘を大切にしていなかったのに、彼女の死を利用するかのように私に近づいてきた。本当に、権力と金に対するすごい執着だ。嘲笑が漏れる」
成程、マクギリスの過去を考えれば、こういった大人は彼の大嫌いな部類だ。
そして、私も大嫌いな部類だ。

「シャマシュ、君に、手伝って欲しい。」

真っ直ぐな瞳で。

私は頷く。
この先、君の心を取り戻す為に。
私は、私の心を捧げる。
今は君の忠実なしもべとして。


「…――君なら出来ると信じている。」


「…――始末して欲しい。」


「…――その人物の名は…」







「…―――エルゲ―――…」







「…―――ナルバエス―――…」







『…―――君が、噂のヴォルフか。意外だな。男の子だと思っていたよ』
『…―――そう呼ばないでくれますか。その通り名大嫌いなんで』
『…―――名前なんてどうでもいいさ。早速本題なんだが、良い話があるんだ。』
『…―――そういう話なら間に合ってるんで。他をあたってください』
『…―――君にも、私にも、良い話だと思うぞ。』
『…―――だから、他を、』
『…―――勿論、この孤児院の皆の為にも、ね』
『……、』
『……、』
『…―――脅してるんですか。』
『…―――脅してるつもりはないさ。まあ、しかし、君が断ったなら、このボロい孤児院はどうなるんだろうね』
『………………、』
『…―――ははは、勘の良い子は嫌いじゃないよ。』




もう、遥か昔の事のように感じる。

久々に聞いた。

忌まわしい、義父の名を。




2017.09.23

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