「だーかーらー、絶対嫌だと言っているだろう」
「えぇー?とってもセンス良いと思うんだけどなぁ」

スケッチブックを片手に掲げながらブツブツ反論するシン。開かれたページには様々なデザインの仮面が描かれてある。
入院生活が暇すぎるシンは、ついに奇行に走った。
「だって、退院したあと、行動しづらいよ。色んな意味で君は顔バレしてるんだから」
「じゃあお前も仮面を被れ。ナルバエスの養子で知ってる人間は案外いる。それに世間ではお前も死んだことになってるからな」
「え、やだよ。私、特殊工作員だし変装出来るもん」
「お前狡いぞ!俺は仮面なんて被らんからな!」
「えー、面白いのに」
おい、シン。それが本心か。ダダ漏れだぞ。俺は思わず顔を手で覆った。
お前、本当は、ただ仮面を被って恥ずかしい思いをしている俺を見て笑い転げたいだけだろう。
内心でそんな事を考えるが、口には出ずに終わる。
「あ、そうだ。こんなのどう?仮面の目のところがブゥンって光るの」
「…嫌だからな…俺は…。」
目が光るってなんだよ。
頭を抱えて項垂れる。
キラキラした目で「おねが〜い」なんて見上げてくるシンに、いつか負けて結局その仮面を被ってしまう事になるのだろうな、と感じてしまって今から気分が沈む。
「本当に嫌だからな…」
再び呟く。シンは、心底嫌がる俺を見て面白そうに笑うと、スケッチブックを放り投げて俺の横に擦り寄ってきた。「…そう言えばね、ガエリオー…」と口を開く。
取り敢えず、仮面の話が終わって安心した俺は「なんだ?」と、彼女を見下ろした。予想外に近かった距離に一瞬心臓を高鳴らせると、シンが「あのねー」と話し始める。
が、

「いやぁ〜っ!距離が近い〜っ!」
「ずるい〜っ!」
「私達だって前から狙ってたのにね」
「羨ましいわ〜」

と、ナース達の声。
かなり大きな声だったから、俺達の所にも余裕で会話が届いてしまった。いや、もしかしたらわざと聞こえるように喋っているのかも知れない。
「……。」
「……シン?」
ナース達の会話のせいで、喋ろうとしていたシンも口を閉ざしてしまった。チラリ、と、彼女達の方を見たのが分かった。
「……。」
俺は小さく息を吐くと髪の毛を掻き上げた。
前々からこう言うのが増えてきていた。
ナース達は、患者が俺達しかいないせいか、毎日がとても暇で退屈しているらしかった。だから、よくこうして病室を遠巻きに見ていたり会話を聞いていたりとかしている。
横目でシンを見れば、とても複雑そうな顔で僅かに下を向いていた。
(そうだよな…居心地悪いよな…)
ここは、俺がナース達にハッキリ言って、俺達を放っておくように頼むしかないな。
「悪いが、俺はシン以外の女には興味が無い」とハッキリ伝える。その方が、シンの為にもなる。俺は兎も角、シンの方は、まだ傷が癒えるまで時間がかかるだろうし、ここの生活も長くなりそうだから、なるべくストレスは無くした方が良い。
俺は、座ったままドアの向こうのナースを見ると、
ゆっくりと口を開いて、


「…あのねぇ、ちょっといい?」

(ん?)

声になって言葉が外に出たのは、俺ではなく、シンだった。
先を越されてしまい、注意しようと開いた口は、中途半端に開らかれたまま固まる。予想外の彼女の行動に、呆然と行く末を見詰める俺。
(何を言うつもりだ?)
スッと立ち上がったシン。ナース達から「きゃあ〜!」と悲鳴のようなものがあがる。
(おいおい、喧嘩とかしないだろうな?)
不安になってシンを見上げると、彼女は大きく溜息をついた。そして一言。

「良い加減、放っておいてっ!!」

ズバッと言い放つ。
直球過ぎる物言いに、「流石にそれはまずいだろう!」と肝を冷やす。が、ナース達の様子が何やらおかしい。
余りにも棘を含んだシンの言葉。てっきり、そのまま口論に発展するのかと思いきや。何やら「きゃあ〜っ!やっとこっち向いたぁ!」とかよく分からない言葉が俺の耳に入る。
(ちょっと状況についていけないんだが…)
シンとナースを交互に見る。
しかし、誰も説明すらしてくれず、混乱する俺を余所に会話がどんどん進んでいく。
捨てられた子猫のような瞳を向けるナース達。
「…だってぇ、こんなの聞いてなかったし…」
「急に恋人だって言われて、私達も納得出来なかったって言うか…」
(ちょっと待て。)
目の前の会話の処理が追い付かない。おい、シン、どう言うことだ。俺に分かりやすく説明してくれ。早急に。
ますます混乱する俺。しかし、次の科白で、全てが分かってしまった。

「だってぇ!シン君に恋人が居たなんてぇ!絶対に認めないからねぇ!私達!」
「シン君はみんなのシン君でしょう!」
「そう!私達のアイドルなのに!」


「……。」
絶句。
(まさかの…俺じゃなくてシン…?!)
耐えきれなくなったのか、部屋に乱入してきたナース達は、一斉にシンを取り囲んで俺から引き離す。
「えっ、ちょっ、待って!」
声を漏らすシン。対する俺は、ナース達から物凄い敵意のようなものを向けられている。まさかの結末に開いた口が塞がらない。
(まさか!逆だったのか!!)
こいつらはシンに嫉妬してるんだろうな、なんて考えてた数分前の俺が恥ずかしくなってきた。まさかのシンだったなんて!(安心したような、悲しいような)
しかし、余裕を取り戻した俺の心は、同時に怒りのようなものも徐々に湧き上がって来てしまう。思わずシンに問い詰めた。
「おい…シン…これは何だ…説明しろ…」
「えっと…これには色々あって…」
苦く笑うシン。尚も離さないナース達。
「色々ってなんだ。ちゃんと説明しろ。それともお前、実は女も守備範囲内で、俺の知らないところで複数の女を侍らせてたのか」
「いやいや、ちょっと待って」
「じゃあ何なんだよ。説明しろ」
つい数分前までは「シンとナースの喧嘩が始まるのか?」なんて心配していたのに、今では俺とシンの喧嘩が始まりそうだ。
「やだぁ!野蛮〜!」「シン君!こんなのやめた方良いわよ!」「絶対に幸せになれないわよ!」と、ナース達の援護射撃。
「なんだと?!」
「まあまあ!!ちょっと落ち着いて!!」
「元はと言えばお前が…っ!!」
「分かった分かった!!ちゃんと説明するから機嫌悪くしないで!!」
「俺は女も浮気と見なすからな」
「だからそんなのじゃないってば」
苦笑するシン。
こちらに近寄り、控えめに太腿の上に手を置かれ、ゆっくりと此方を見上げる。一瞬高鳴る胸。
ナース達から悲鳴が上がる。その悲鳴で我にかえる。危ない。シンの上目遣いにやられるところだった。
こほん、と咳払い。
「とにかく、詳しく聞かせてもらうからな。」
眉間に皺を寄せて困った顔で笑うシンを見た俺は、色んな意味でこいつは厄介な女だ、と、息をついた。



■■■



と、まあ、要するに。

こうなったのは、昔、シンが初めてこの病院に来た時まで遡る。
既に特殊工作員として任務に出ていたシンだったが、まだ経験も浅く、単独ではなく、先輩とツーマンセルでスパイ活動をしていたらしい。
しかし、当時のシンは酷く荒れていたと言う。他の表現に言い換えると、イケイケ、ってやつだ。
大して経験もない癖に「一人で出来るし」と調子に乗って、結果、大怪我を負う。
動けないシンが運ばれたのはこの病院。深夜のことだったらしい。
バタバタと騒がしくなる病院。ここが、特殊工作員やお尋ね者などと言った、訳ありの人間達の為の病院だと分かっていたシンの先輩は、急いで応急処置だけして、彼女を潜入時の服装のまま、連れて来てしまったらしい。

そう、
男装したままの、姿で。

手術後、この病院は大いに荒れた。
「とんだイケメンが運ばれて来た!」と。

そこからが早かった。
シンの病室には誰かしら居座っているし、気が付けばファンクラブが出来るし、シンが女だとバレてもファンが減るどころか寧ろ増える一方。
ナース達はタフだった。
「同性なら他の女に取られる心配が無いもの!」「誰か一人だけを贔屓する事もないし、平等に接して貰えるもの!」と。

そしていつしかシンはこの病院のアイドルと化していたらしい。

今考えれば分かる。
院長はシンの事を「シン君」と呼んでいた。あれは、シンを男扱いしていると言う事だ。女扱いじゃない。“男の”アイドル扱いだ。

「お前…何なんだよ、本当に…」
思わず息を吐く。
しかし、何処か安心感のようなものもあった。

実の親に捨てられ、独りだとか、自分以外信じないとか、あんなに荒れてた昔のシン。

(こんなにも、みんなに愛されてるじゃないか、お前は)

「なにー?もしかして変な事考えてる?」
「んな訳ないだろ」
「うそだー」

楽しそうに笑う彼女を見る。
気付かれないように、俺も小さく笑みを漏らした。



2016.11.23

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