それは、ちょうどガエリオと一緒に病院の廊下を歩いていた時のこと。

「何だこれ」

ふと、廊下に何かが落ちているのをガエリオが発見した。声につられるように下を見れば、何やら紙切れのようなものが。
「何だ…?写真…?」
ガエリオが呟く。
「男…?凄い格好してるな…誰だこいつ…」
こんなところに写真?誰のだろう?と、疑問が過る。「見せて見せて」とガエリオのそばに寄った刹那だった。その写真を見て、身体中を電気に似た何か駆け巡った。
「、!!」
シルバーアッシュの長い髪の毛。邪魔にならないようにサイドは編み込まれていて、後ろはポーニーテールになっている。黒いロングコートにサングラス。その向こうに隠し切れないほどの鋭い眼光が煌めいている。
撮影者に気付いているのか、こちらに向かって心底不機嫌そうに中指を立てている。
「(これは、!!)」
ガエリオにバレてはまずい、と、頭の中に瞬時に浮かんできた。聞こえるはずが無いのに警笛のようなものが脳内で鳴り響く。私は咄嗟にガエリオの持っているその写真を奪うように取って「これ!私が預かる!」と叫んだ。
「何だよ急に」
「これ、私が持ってる」
こんな事でガエリオが素直に「分かった」なんて言うはずが無いのに。私の口からは良い感じの誤魔化しの言葉が全然出てこない。ただ焦りだけが浮かんでくる。
ガエリオは、怪訝そうにこちらを覗き込んだ。
「知り合いなのか?この男と」
「えっとー…、知り合いって言うかー…」
背中の方に回して写真を隠す。ガエリオは更に私を疑い始めた。
「お前、もしかして、俺以外の男を…」
「それは絶対無いっ!」
大声で叫ぶ。ああ、絶対疑ってる、と確信した。
「じゃあコイツはお前の何なんだよ」
「それは…っ、ガエリオには言えない…」
「俺に言えない関係の男なのか?」
「それは…っ!」
もうだめだ。何を言っても通じない気がする。だからと言って本当のことを言うのも心底嫌だ。この写真の人物については、出来るならば墓場まで持って行きたい。
「とにかく!知らない方が良い事もあるのよ!」
ガエリオの目に触れないように、その写真を隠すと、病室まで走って逃げた。
(まあ、ガエリオと同室だから意味ないけど!)
急いでベッドサイドの引き出しに写真をしまう。ガエリオにあれこれ言われる前にお風呂に逃げちゃおう。ガサゴソと着替えを取り出す。ちょうどそこにガエリオが走って部屋に入って来た。
「おい!シン!」
「シン、お風呂、いきまぁす!!」
「おい!!待て!!逃げるな!!」
「さよなら〜〜!!」
伸びてきた手をかわして急いで逃げる。
こう言う時、特殊工作員のスキルは本当に役に立つなぁ、と有り難くなった。


■■■


あれは十中八九シンの元彼だ…俺はそう睨んでいた。
シンは、大抵の事は俺に話してくれるし、俺も大体は知っている。だけど、一時期、俺の知らない期間がある。
そう、それは、俺とシンがパーティーで再会する前までの期間。空白の数年。
お互い会わなかった数年間。その間、俺は、シンへの恋心を引きずってはいたが、それなりに他の女と付き合いを重ねてきた。それと同じように、シンもきっと男が居たのだろう。その内の一人が、あの写真の男だと俺は予想している。あの写真を落としたのは多分シンだろうけど、今更なぜ昔の男の写真を持ち歩いていたのか、想像もしたくない。
(あんなに俺に愛を紡いでおいて、他の男を想うなんて許さないぞシン…)
大きく溜息。
シンは未だに風呂から帰って来ない。問い詰めたいのに、だんだんとイライラしてきた。
気を紛らわす為に、もう一度溜息をついた瞬間、扉が開く。
「おい!シン!今度こそ逃がさんぞ!」と言いかけて、口を噤む。入って来たのはシンではなく、ナースだった。

「シンくぅん!!!どうしよう!!無くしちゃったよぉ!!!」

シンが病室に居ないのを確認しなかったのか、入るなりそう叫ぶ彼女。そして、俺しか居ないのに気が付き、「なんだぁ、居ないじゃん…」と、あからさまに肩を落とした。
「シンなら風呂だぞ」
優しい俺はナースにそう伝える。「そう…」と落ち込んだ様な声が返ってくる。
と、ここで俺はある事が引っかかった。
何か失くし物をしたナースがシンの事を訪ねて来たと言う事は、シンがその失くし物を持っている可能性があるからだ。そして、先程シンは写真を拾った…つまり…。
「もしかして、写真を探してるのか?」
ナースは、「なんで分かったの!」と言いたげに目を見開いた。
「そうだけど…」
「それって、シルバーアッシュの髪で黒いロングコートの…」
「そう!!それ!!もしかして知ってるの?!」
「さっきシンがどこかに隠して…」
「やっぱりシン君ねぇ!!」
苦笑するナース。「どうしましょう」と困る彼女に、俺は思い切って問うた。

「なあ、その男って…」
「男…?写真の人のこと?」
「そうだが…。シンと一体どんな関係だったんだ…?」
後々、聞かなきゃ良かったと思うかも知れないが、このままモヤモヤした不安を抱えているのは耐えられなかった。思い切って問うた俺。しかし、ナースは、俺の問い掛けに突如「ふっ!」と吹き出した。
(は?)
思わず睨み付ける。ナースは先程までの困った様子から一変。面白いものを発見したかのように目を輝かせ始めた。
「そっかぁ…そうよねぇ…。流石の恋人でも、気付かないかぁ…」
「気付かないって何だよ」
「今はあんなに柔らかい雰囲気だからねぇ…そっか…気付かないかぁ…」
面白そうに笑う彼女に、だんだんイライラが増してくる。一体何なんだ。さっさと言って欲しい。「おい!いい加減に…!」と口を開いた刹那、彼女からとんでもない言葉が紡がれる。

「…流石の恋人も、男装したシン君は見抜けなかったかぁ…」

(…は、?)

いや、待て。今、なんて言った?

(流石の、恋人も、男装した、シン君は、見抜けなかった、?)

「男装したシンッ?!?!」

思わず声を荒らげる。情報の処理が全く追いつかない。
「あの写真の奴が?!男装したシン?!」
「そうよ!寧ろ知らないのが驚きだわ!」
同じくらい声を荒らげ始めたナース。そして、何かのスイッチが入ってしまったのか、俺に熱く語り始めた。
「あのねぇ?!あの頃のシン君のブロマイドはナース達の間で物凄く貴重なの!!SEC!!シークレットカードよ!!何万で取引されてると思ってるのよ!!」
「おい!人の恋人の写真を勝手に売買…っ!!」
「そんなこと良いのよ!!あのねぇ!!シン君がシルバーアッシュでポニテの時期はすっごく短かったんだから!!しかも写真嫌いのシン君が!!カメラ目線で!!中指立ててるのよ!!この貴重さ!!貴方には絶対分からないでしょうね!!」
わからん!!!
と言うか、シンが特殊工作員だと言うのは理解出来ていたが、こうして写真で確認するまで、彼女がどれだけ有能な人物だったのか実感出来なかった。この変装スキルは凄まじい。何処かのヴィジュアル系バンドのヴォーカルのようだ。別人だ。俺の知らないシンだ。
「なあ、その写真見つけたら俺が貰っていいか?」
「なんで貴方にあげなきゃいけないのよ!!」
そうだな。尤もだな。

そうこうしているうちに、シンが風呂から帰って来たらしい。
眉間に皺を寄せて「おかしいなあ。また下着忘れた…」と言いながら部屋に入って来る。
「おい!シン!お前に確認したいことが…!!」
「うーん…ちょっと待って…」
顎に手を添えて何やら考え込むシン。いやいや、そんなのは良いからまずこっちだ。

「あの写真の男、お前なんだってな?!」

ばっ!と顔を上げるシン。

「待って!!何処で聞いたのそれ!!!」

考え込んでいた彼女は、瞬時にこちらに飛びついて来た。
若干涙目で、ナースに言う。「もしかして言っちゃったの?!」と。ナースは俺にしか聞こえないくらいの小さな声で「これはシャッターチャンスだわ…」と漏らすと、「ごめんねぇ?」と大して反省してないような素振りで軽く謝った。シンは「わああああ〜〜っ!!」と頭を抱えて叫ぶ。そして俺の服をぎゅうと掴んで。
「本っ当に!!ずっと昔の写真で!!」
「ああ」
「黒歴史の頃だからあ!!」
(黒歴史なのにシークレットカードか…凄いな…)
俺は小さく苦笑すると、シンの頭をポンと撫でた。
ずっと永い間タイムリープしてたんだ。うんと昔の写真で恥ずかしいのは分かっている。でも、俺には、こう言う時期を経て今のシンがいると思っているから、どんな格好でも愛しいとは思うが。
(まあ、それは言わないでおく)
「もうやだあ!!」
シンは再び頭を抱えて全速力で病室から飛び出して行ってしまった。
(は、速い…)

「シン君、下着つけないで行っちゃったね」
「まあ、気付いてすぐ帰って来るだろ」

「そう言えば、これ以外のシークレットカードでゴスロリのワンピースを着たシン君のブロマイドがあってね」

「幾らだ。俺が全部買い取ってやる」




2016.12.05

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