『珍しいね、君がこんなところに来るなんて』
凛としたその声で、背中を向けたまま放つ。流石、特殊工作員の彼女だ。後ろを向いていても、足音だけで誰がやって来たのか分かってしまうらしい。
ゆっくりと彼女との距離を詰める。まだ振り返ってはくれない。ジッと窓の外を見詰めている。外に何かあるのだろうか、と気になりはしたが、確認はせずに背後に寄る。
『何か用でもあるの?』
冷たい物言いだが、彼女が冷たい人間でないことは昔から知っている。小さく息を吐くと、ようやくこちらを振り向いた。
至近距離で見上げる瞳。その宇宙のような瞳の中に吸い込まれてしまいそうになる感覚が襲う。
『あー…』
自分らしくない、と思った。
いつもは簡単に出るはずの言葉達が、つっかえたかのように出てこない。
彷徨う瞳。視界の中に、ふと、彼女の左手を見付けた。

『……。』

その手を取る。
薬指の、シルバーリングに触れて。
『…怒ってる?』
彼女は問うた。
『どうして?』
『何となく』
その左手を掴み、指先を絡め合う。まるで、恋人達がそうするかのように。
『…まあ、強ち間違ってないかもな』
繋がれていない反対の手で、彼女の髪の毛を優しく梳いた。嫌がる素振りも見せず、気持ちよさそうに目を細めた彼女に、電流のような何かが身体中を駆け巡った。
『…ごめんね。』
そんな此方の心情に気付いたのか否か、彼女は困った笑みを浮かべてそう謝った。
何も動けない。
澄んだ眼差しで、痛いくらいに見上げる。
その瞳は猛毒に似ていた。
酷く、中毒性の高い。
いつの間にか隣に居て、いつの間にか心を許し、いつの間にか彼女の作り出すその空間が居心地の良いものになっていた。
『どうして、』
自分の事は棚に上げておいて、責めるような言葉が自然と唇から出て来る。彼女は困ったように笑うと、再び「ごめんね」と呟いた。
『…』
(見たくない、)
彼女のその左手を強く掴んで。シルバーリングを隠すかのように、握り締めて。
小さく息を吸う。
いつから、こんなにも心を侵食されていたんだろう。

『シン、』

『なぁに』

『お前が、ガエリオのものになる前に』


『刹那でいい、俺だけのものになってくれ。』


目を見開く彼女。
『マクギリス、』と、私の名を全て言い終わる前に、奪うように、口付ける。
冷たい唇が悲しく重なって、
胸が苦しい。
灼けるように、苦しい。

手を伸ばせは、その苦しさの理由にすぐ触れられる。
分かっている。
すぐそこに、この焦がれるような気持ちの答えは転がっているんだ。

だけど、

気付かないふりをして。

そんな感情、自分には要らないはずなんだ。


頼むから。



この気持ちの名前を、知りたくない。






「…マッキー?」

「…あぁ、アルミリアか…」
目が覚めた私は、目の前で心配そうに見上げるアルミリアに向き直った。
彼女が紅茶を淹れている間に眠ってしまったらしい。この短時間で眠りに落ちるとは、相当疲れが溜まっていたようだ。
「大丈夫?マッキー」
「ああ、大丈夫だ。心配かけたね」
ニッコリと微笑む。
目の前に置かれた紅茶。それを一口含んでゆっくり飲み込めば、一気に意識が覚醒した。

(先程の夢は、何だったのだろう…)
やけにリアルな夢だった。
感覚も、心情も、全てが現実のようで。
しかし、あんな会話をした記憶なんて一切無い。
(本当に、何だったのだろう)
ティーカップの底を見詰める。

「…――マクギリス、」

不意に、シンの声が鼓膜の奥に蘇った。

ガエリオのように、トドメを刺した訳では無いが、あの怪我なら彼女ももうこの世にはいないだろう。
(また同じ時を繰り返しているのだろうか…)
と、そこまで考えて、考える事を止めた。
私がこれ以上考えて何になる。
もう、何もかもが遅い。

友人も、理解者も、一気に失った。
否、手放した。


「本当に…」
思わず小さく吐き出す。

「君達は…、猛毒のように、後からジワジワとくる…」



本当は、手放したくなかったなんて、どの口が言えるだろうか。




2016.10.04

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