暗闇でも分かる。その、真白で柔い肌を、指先で愛おしむように撫でる。

俺を見上げる濡れた眸も、誘うように薄く開いた唇も、絹のような真っ直ぐな髪の毛も、何もかも、全てが愛おしくて堪らない。
呼吸を奪うような接吻をすれば、鼻にかかった色っぽい吐息が聞こえた。
ようやく、俺は、こいつを抱ける。
今、やっと、シンを抱ける。
「…長かったな…」
勿論、シンの巡ってきた時間を考えたら、俺がシンを想っていた時間なんて、一瞬に等しい。でも、それでも、幼い頃から――あの木の上で、シンに出逢った瞬間から、ずっとずっと、俺にとって特別な女だったんだ。
こいつが急に消えた数年間の時ですら、俺の想いを冷ます事は出来なかった。それくらい、俺の十数年の想いは重い。
父親がしつこく縁談を勧めてくるのを、何度も何度も断って。他の女にシンを重ねては違うと掻き消して絶望に暮れる。外に出る時は、無意識に人混みの中にその紫黒の後ろ姿を探す。
乾ききった心が、何処かで必ずシンを追い掛けていた。
想いの強さなら、タイムリープしていたシンにだって負けないと自負している。

シンは、俺の頬に手を寄せ、顔をよく見せて、と言うように見詰める。
「そうだね…、長かった…」と、俺の先程の呟きに答えた。その顔には、儚げな笑みが浮かんでいる。
あの時、パーティーで数年ぶりに再会した時と同じそれ。
ひとつの星が生まれて朽ちていく程の時を彷徨い、絶望して疲れ切ったシンが、無意識に、覚えてしまった悲しい微笑み方だ。
昔は、いつも仏頂面で、でも、笑う時は思いっきり笑っていた。こんな表情なんて、しなかった。知らなかった。
永い永い時間が、何度も何度もシンを置いて逝った俺が、彼女に刷り込んでしまったその笑い方。もう、どうしようもなく苦しい。急に胸の底から湧き上がってくる何か。キリキリと心臓が痛む。肺が上手く空気を吸い込めない。
それが、切なさと愛しさだと気付いたのは直ぐだった。

「すまないが、優しく出来ないかも知れない。」
頬に触れているシンの手を取る。そのまま指先に舌を這わせた。
「ん…、いいよ…。ガエリオの想い、全部、余すところなく、受け止めたい。」
「…、っ、お前、その台詞は狡いぞ…」
顔を近付けると、自然と目を閉じるシン。その唇に、幾度目かの口付けを落とした。
「ん、ガエリオ…っ」
「…、なんだ、シン」
「恥ずかしい…から…っ、あんまり見ないで…」
「それは無理なお願いだな」
「やだぁ…、ガエリオ、お願い…っ」
懇願するシンを他所に、俺は、流れるような手つきで下着を脱がしにかかる。
焦らすように、ひとつ、ひとつ、ゆっくりと。
月明かりに、恥ずかしがるシンが照らされて、酷く俺の心をくすぐった。
「…っ意地悪」
「おー、なんとでも言え」
一糸まとわぬシンの姿。月光に青白く照らされる、その綺麗な身体。思わず見蕩れて息を呑んだ。
俺も病院から借りている自身のパジャマを乱暴に脱いで、シンと向き合う。
と、刹那、そこで、重大な事に気付く。
俺、ゴム…持っていないぞ。
(シンが持っているはずもないよな)
そもそも今日目覚めたばかりなんだ。持っている方がおかしいか、と思う。さて、どうしたものか。中途半端に固まった俺を見上げたシンは、俺が何に困っているのかお見通しだったらしい。「…あのね、ガエリオ」と小さく囁く。
「私、大丈夫だから…」
「…シン…」
伸びてきた手が、俺の首に絡む。近くなった距離。耳元で聞こえる吐息に身体を震わせた。
シンは、懇願するように、囁く。
「そのままで良いから…っ、だから、やめないで…っ、お願い…っ、」
その声が、俺の僅かな理性すら崩しにかかる。縋るような、その声。顔を見なくても、シンが泣いているのが容易に分かった。そして、どうして、泣いているのかも。
(…、っ)
一瞬だけ、金に輝く髪色をした親友の顔が浮かんだ。
こんなに、シンに酷い傷を残すまで乱暴な行為をしたその親友を。
(やっぱり、こわいんだな、シン)
安心させたいと、彼女の頬に手を添える。親指の腹で優しく頬を撫でて。
シンは、俺を見上げて言った。

「あの時の感覚をまだ覚えてる…っ、」

「……、」

「囁く声も、這う指先も…っ!ぜんぶぜんぶ…っ!!」

ぎゅっと、拳を握るシン。
つう、と溢れる涙。
何故だろう。こんなに悲しいのに、こんなにも美しい。
シンは、じっと、俺の目を見て、「だから、お願い」と真っ直ぐに告げる。

シンの、最大の、懇願。

「ガエリオで…っ、上書きして…っ!」

「…っ!!」

「全部全部、ガエリオに染め上げて…っ。私を…ガエリオしか知らない身体に変えて…っ!」

その唇から囁かれた言葉は、俺をオトすには十分過ぎて。

「物凄い、殺文句…だなっ!」

抑え切れなくなった気持ちを解放するかのように、シンの両手を掴んで拘束した。
「そんな目で、そんな事言って、どうなっても知らないからな…!」
半ば乱暴にその柔らかな双丘にしゃぶりつくと、シンの身体が跳ねる。「ガエ、リオ…っ!」と声を漏らすが、嫌がる素振りは何も見せないシンに、どんどん加速していく行為。
「ねぇ、ガエリオ…っ、手ぇ…っ、やだ…っ!」
「手…?」
「掴まれるの、いや…っ!ガエリオの事、抱き締められない…っ、!」
「お前ってやつは…!本当に俺を煽るのが上手だな!」
両手を離すと、背中にその華奢な腕が回される。私を離さないで、と言うように、優しく、でも、力強く。
指先をシンの下半身に這わせると、そこが濡れているのが分かる。
シンも、俺を求めてくれていると、考えただけで、愛しさが溢れてくる。
「…んぅ、ガエリオ…っ、」と思わず声を漏らすシンの耳元で「声、我慢するな」と囁く。「だって、」なんて反論が聞こえてきたが、聞こえない振り。そっちがそうならこっちは無理矢理その喘ぎ声を出させるまでだ。
ぐちゅり、と卑猥な水音と息遣いが病室に響く。
「ガエリオ…っ、そこ…っ、!」
「ここが良いのか…?」
「ちが…っ!!あぁ…っ!」
「そうか。ここが良いのか」
その身体のイイところを全部見つけ出してやる。シンの願い通り、俺色に染め上げて、俺しか分からない俺だけの身体にしてやる。
二度と、誰にも触らせない。
「お前、俺の指、もうこんなに飲み込んだぞ」
「待っ、そんなに…っ、ぐちゃぐちゃに…っ、!動かさないで…っ!」
気持ち良さに耐え切れず声を漏らすシン。回された腕に力が入って、本当に感じてくれているのが伝わってくる。それに煽られるように、指を激しく抜き差しする俺。頭がふわふわしてくる。ただ分かるのは、目の前のこいつが物凄く愛しいという事だけ。
「はぁ…っ、ガエリオ…っ、」
快楽に身を捩らせながらも、愛しげに俺の名前を呼ぶシン。俺は、はち切れそうな自身をシンの濡れたそこに宛てがうと、ゆるゆると数回擦り付けて「良いだろ?」と見下ろす。シンの身体が震えたのが分かった。
「…うん、来て…?ガエリオ…」
荒い息を繰り返しながら甘く囁く。
普段、聞いた事のないくらい、甘い声。爪先から脳天まで、痺れるような愛しさが支配して、俺は、形振り構わずシンの中に滾った逸物を挿入した。
「んぅ、…っ!!ガエ…リオ…っ!!」
「力入れるな。全て俺に委ねろ」
「でもぉ…っ!!」
「ほら、背中、爪、立てても良いから、力抜け…っ」
「んぁあ…っ、ガエリオぉ…っ!!」
声を我慢したいのにしきれないらしい。涙を流しながら俺に縋り付く。ゆるゆると奥まで自身を捩込めば、整わない息が幾度目かの俺の名を呼ぶ。
その声に応えるように、首元に顔を寄せ、くぐもった声で「シン、」と囁いた。
ふと、目の前に、未だに治らない、マクギリスがつけた噛み跡が目に入る。
相当深く噛み付いたであろうそれ。
きっと、この傷が治ったとしても、心の傷はそう簡単には治らない。
俺を救う為に、何も言うまいと、耐え抜いたその傷。俺を守る為に、その身を差し出した証。

――何も知らないところで、俺は、こんなにもシンに守られていた。

(…この傷が、早く、癒えるように…)

願いを込める。おまじないをかけるかのように、傷の上に優しく口付ければ、シンの身体が一瞬跳ねた気がした。

「…動くぞ」
ゆるゆる、と律動を開始する。同時に、ぎゅう、と腕の力が強まった。シンの目が快感に揺らぐ。本当に愛しい奴と一つになれた喜びは相当なもので、胸が苦しくなる。本当は優しくしたいのに、そうする余裕も無くなって、ただ、それだけしか知らないように腰を打ち付ける。
「シン…っ、」
震える声でその名を呼んで。
汗ばむ素肌が重なり合う。シャンプーか何かだろうか。それともシン自身の香りだろうか、ひどく、俺を惑わす香りが鼻腔を擽って何もかも考えられない。
スパートをかけるように、更に激しく腰を奥まで打ち付ける。シンに覆い被さってその愛しい身体を腕いっぱいに抱き締めた。
「ガエリオぉ…っ!」
「ああ、俺も…っ、そろそろ…っ」
何故だろう。涙が溢れてくる。
つう、と流れ落ちた雫は、同じく涙を浮かべているシンの頬にポタリと落ちて。
快感に喘ぎながらも、俺の涙に気付いたらしいシンは、震える手を精一杯伸ばして俺に擦り寄る。
熱い身体が、ぴったりと重なり合う。
もう、二度と、離れたくない。

「シン…っ」

…本当に、長かった。
これからは、いつだって、シンを抱き締める事が出来る。
好きな時に、触れられて、

好きな時に、

「…――愛してる…っ」

この言葉を言える。


俺の言葉に、微笑むシン。
映画のヒロインのような、綺麗な笑みで。
声には出さない。
だけど、
しっかりと、俺には聞こえた。

「わたしもあいしてる。ガエリオ」と。

その、声にならない声を聞いたと同時に、俺とシンは、同時に絶頂を迎えた。
戦慄く身体。
白濁を吐き出して、乱れた呼吸でシンに口付ける。
「…ガエリオ…、」と、今度はちゃんと声が聞こえた。俺は、快楽に喘ぎ続けて気怠げなシンを見ると、微かに笑う。

なあ、俺達の積年の想いは、こんなものじゃ終わらないだろう?

「…シン、俺は、まだ、お前を抱きたくてウズウズしてるんだが。」

ちゅ、と、音を立てて再び口付ける。
「…なあ、いいだろう?」と見下ろした。
シンの答えなんて、もう既に分かっていた。

月明かりに照らされ、シンが微笑む。
最初に見た、儚げな笑みではない、
幸せそうな、
まるで、花が咲くかのような、笑みで。

「…わたしも、もっと、ほしい。」


シンに、悲しい笑い方を教えた俺だから。
きっと、その笑みを消す事が出来るのも、俺なのだと思う。

これからはずっと傍にいる。
ずっと、ずっと、傍にいる。
(シン、あいしてる…っ、)
狂おしい程に、愛してる。


お前が、そうであったように、

俺も、

お前のいない世界なんていらない。









■■■



「…まあね、仕方ないとは思うよ。二人とも若いしさ」
「……。」
「……。」
「でもねぇ、さすがにシン君の傷が開くまでヤッちゃったのはまずかったねぇ」
「でも、先生」
「“でも”じゃないでしょシン君。そもそも、君は傷が開いたのに気付かなかったの?」
「気付いてたんだけど…、なんか途中から痛いのか気持ち良いのか分からなくなって…」
「それまずいねぇ。新しい性癖の扉を開きかけてるね。ガエリオ君、君のせいだよ」
「だが、先生」
「君も“だが”じゃないでしょ。全く、次からは優しくヤるように」
「(するのは良いんだ…)」
「(やるのは良いのか…)」




2016.07.24

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