真っ暗になった病室。
この間までギャラルホルンで戦っていたのが嘘かと思うほどに穏やかな時間だった。
あの戦いから数日。貧血なのか、疲労なのか、はたまたタイムリープの影響なのか、数日間目を覚まさなかったシンが、今日、ようやく目を覚まして、安心した。
今日一日の事を振り返る。
とても濃くて、忘れられない一日になった。

「ねえ、ガエリオ…」
隣のベッドから、囁くような、シンの声。眠れないのだろうか。「…起きてる…?」と控えめに問う。
俺は、身体をシンの方に向けて、「…ああ、起きてる、」と囁き返した。カーテンをちゃんと閉めていなかったせいか、隙間から月の光が差してきて、俺とシンの顔を照らす。
(ああ、すごく、綺麗だ)
愛しさが溢れてきて目を細める。戦いも無く、シンも目覚め、こんな穏やかな夜は久しぶりな気がする。シンは「ねえ、ガエリオ」と再び言葉を紡いだ。

「そっちのベッドに行ってもいい?」

思わぬ科白に一瞬目を見開いた。しかし、断る理由など微塵も無いから「ああ、来いよ」と横を空けて優しく手招きする。
シンは「ありがとう」と微笑むと、俺の隣にやって来た。
ずっと前、辺境任務の時、同じように添い寝したのを思い出す。あの時は、酔ったシンが散々煽るし、シンが寝てからも緊張で全然眠れなかったんだったな、と密かに苦笑した。(まあ、今も緊張してるが)
あの頃とは違って程よい緊張感だ。
襲わないように必死でセーブしていたあの頃と違い、シンと想いが通じた事で、少し余裕が出来たのかもしれない。
俺はシンに腕枕してやると、反対の手でシンの髪の毛を優しく梳いた。
「どうしたんだ?正直に言ってみろ」
「眠るのがこわい…」
やっと、やっと、願いが叶ったのに、眠って起きたら、またいつものスタート地点に戻ってそうで、と呟く。
その言葉に、言い様の無い愛しさを覚えた。
本当に、何十回、何百回、という言葉じゃ足りないくらい同じ時を繰り返し、俺を救う為に、血反吐を吐いて戦ってくれたシン。
愛しくてたまらない。

「…それに、まだガエリオと話していたい…。眠りたくない…」

可愛い事を言いやがる。
俺は、静かにシンの髪の毛を寄せて、その顔をよく見る。
月明かりに照らされ、儚げに微笑むシンに、軽く口付けを落とした。

「…ガエリオ、」

「なんだ?」

「……愛してる。」

「……知ってる。」

今までずっと我慢してきたのだろう。想いを言葉に出来るのが心底嬉しいらしい。そして俺も嬉しい。
「俺も愛してる。」と幾度目かのキスをすれば、「ねえ、もう一回して?」と甘えるシン。思わず笑みを漏らす。本気で、こいつが可愛くて仕方無い。

「仰せのままに」

今度は噛み付くような口付けをする。
唇を割って舌を捩込むと、上顎をなぞり、シンの熱い舌を探って追い掛けた。先程のシンじゃないが、「ああ、夢じゃないんだよな、これは」と、俺も惚けた頭の片隅で思う。
荒い吐息。耳までおかしくなりそうだった。
これ以上は抑えが利かなくなる、と、唇を離そうとすると、まるで「やめないで」と言うように舌を甘噛みされた。思わぬ感覚にビリビリと電流のようなものが走る。
(頼むから…。煽ってくれるな、シン)
懇願するように空いた手で髪を梳く。すると、重なるように手が触れた。俺は、その手を掴んで指を絡める。途端に満たされた感覚が胸いっぱいに広がる。ああ、指を絡め合っただけで、こんなにも、愛おしい。
「…、っ、シン…、」
唇を離して囁く。自分でも驚く程掠れた声が出た。
いいのか、シン。嫌なら早く言ってくれ。
この手を振り払わないと、俺はこのままお前をどうにかしてしまうかも知れない。
つう、と唾液が糸を引いていて酷く艶かしい。不意に心臓が跳ねる。
本当に、愛しくて、
堪らなく、苦しい。

シンは親指の腹で色っぽく唾液を拭うと、俺から目を逸らして「ガエリオ、」と俺の名を呼んだ。
が、その瞳は直ぐに揺らいで俺に縋り付く。何だ、様子がおかしいな、と違和感を覚えた刹那、シンの瞳から一筋の涙が伝ったのが分かった。

「…シン、?」
「…ごめん…っ、ちょっと待って…」

両手で目を擦って涙を抑えようとするが、手の隙間から涙はボロボロと溢れて止まない。そんなに擦ったら赤くなるだろう。と言うか、どうして泣くんだ。まさか、俺の口付けが下手すぎてとか言うなよ頼むから。
「ガエリオのせいじゃないから…。ごめん、落ち着くまでちょっと待って…」
「情緒不安定だな、今日のお前は」
思わず苦笑い。頭を優しく撫でてやる。
(まったく…、お前の泣き顔は、胸が苦しくなるんだよ…)
“俺”ではない“俺”の記憶。そう、シンにとって“最初の俺”の記憶。
ナルバエスの義父に特殊工作員を辞めたいと言ったシンは、孤児院に火を放たれて帰る場所を失った。
中に取り残された家族を救いに、燃え盛る建物の中に飛び込んで行った彼女の後ろ姿を必死で追いかけたあの瞬間。炎の中で、死を覚悟したように天を仰いだシンの姿を見て、身を引き裂かれるかのような痛みが襲った。
失いたくないと、必死で手を引いて。

炎から出たシンは、泣いていた。

いつも強気で何でも一人でこなすシンの、
初めて見る、泣き顔だった。
(あの時だ)
シンを、
失いたくない。
守りたい。
ずっと、傍にいたい。
あの時、俺の恋は愛に変わった。
(…頼むから、泣き止めよ…シン…)
こっちまで泣きそうになってくる。
「…どうしよう…っ、なんで今更…っ。止まらない、なぁ…っ」と震える声。どうすればいい?俺は、泣いたシンの慰め方が下手なんだ。
シンの様子に困っていると、次の瞬間、予想外の科白が俺に降り注ぐ。

「こうして、これからは、君に触れて、君とキスして、君と同じ時間を過ごせる…っ。そう、考えただけで、嬉しくて、苦しくて、たまらない…っ。涙が…っ、止まらないよぉ…っ」

「……、っ!」
思わぬ科白に身体が動かない。
俺の胸に頭をくっ付けて告げるシン。

「愛してる…っ、本当に…っ、ずっと、ずっと、君だけを、狂おしい程に…っ、愛してるの…、ガエリオ、っ…!だから、夢だなんて、言わないで…っ!」

(…、ああ、シン)
俺は、泣き顔を見られまいと下を向くシンの顎に手を添えて、上を向くように促す。素直に上を向いたシンに、笑みを漏らした。
今なら、うまくシンを慰める事が出来る気がする。

「俺も、狂おしい程に、お前を愛してる。」

お前は知らないんだ。
俺が、どれだけ、お前に溺れているか。

「これからは、たくさんお前に触れて、たくさんお前とキスして、たくさん同じ時間を過ごしてやる。これは夢じゃない。シン。」

永い永い時を彷徨ったお前が負った傷は、そう簡単には癒せないかも知れないが、これからは、こうして、ずっと、お前の傍にいてやる。
これまでの時間を、俺に捧げてきれくれたお前の為に、
俺の、これからの時間を、お前に捧げる。
シンの左手を掴み、その薬指に煌めく指輪に口付けた。
「だから泣くな」
「……もう少し、待って」
困ったように笑うシン。俺は、はあ、と大きく溜息を吐いた。
もう泣くのはいい。別にいい。悲しくて泣いてるのでないなら安心した。
安心したが、
二つ、問題が浮上した。
一つ目、
「…シン、」
「…なに…?」
「キスしただけでこんなに泣かれたら困るんだが?」
「…えっ?」
瞬間、シンに素早く覆い被さる。
濡れた目を大きく見開くシンを見下ろして意地悪く笑った。
二つ目、
「…この調子じゃ…その先に進んだら、持たないだろうな?」
このタイミングで、俺のスイッチが入った。

「…えっ、ガエリ…っんぅ、!?」
その言葉を遮るように口付ける。
「いいだろう?」と言うように首筋から鎖骨を指先でなぞった。震えるシンの身体。一気に熱を帯びる病室内。
唇を離すと、シンは不自然に目を逸らした。モゴモゴと何か言いたそうにしている。
「……。」
「……。」
流れる沈黙。不意に、俺の視界にシンの首元の噛み痕が入って来る。
マクギリスがつけたそれ。傷は塞がってはいるが、まだ暫く痕は残りそうだ。

「…シン、俺がこわいか?」

俺は、その言葉を待った。
正直、物凄くつらいが、もし、シンが、この先の行為を嫌がるようなら、やめようと思う。
こいつには、マクギリスに襲われたトラウマがある。俺は、シンを大切にしたい。マクギリスとは違う。シンを、本当に愛しているんだ。
(だから…)
と、思っていた時だった。
恐る恐る、俺の頬に触れたシン。「ガエリオ、」と名を呼ばれる。次の言葉を待っていると、シンは、逸らしていた目を此方に向けて、
小さく、
でも、
ハッキリ告げた。







「…抱いて、ください…。」




「…っ、!」
(シン、お前と言う奴は、)
俺を、こんなにも縛り付けて、
罪な女だ。
もう、お前無しの世界なんて考えられない。
今、この瞬間も、
死んだ後ですら、
もう二度と、手放したくない。
「…っ、」
交わる吐息。
余裕の無い指先でシンの身体をなぞる。
湧き上がる愛しさを抑えきれずに、耳元に唇を寄せた。

優しく囁く。
シンに、届くように。
この愛が、届くように。




「…ああ。飽くまで、抱いてやる。」





2016.07.14

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