まだ夢を見ているようで、実感が湧かない。
本当に、私はガエリオを救う事が出来たんだ。

ログハウスのような内装。
特殊工作員のような、公に病院に行けない人達の為のこの病院は、ぱっと見では病院とは判断しづらく、分かる人達しかやって来ない。そのせいか、病院と言ったら混んでいるようなイメージがあるが、私とガエリオしか居ないのではないか?と疑いたくなるくらい患者の居ない院内。
静まり返った空間に、ふと、工作員時代に怪我をしてたくさんお世話になった記憶が蘇る。もう、随分と昔の話だ。

廊下をゆっくり歩いていた私は、自分とガエリオの病室の前で一旦足を止め、深呼吸を繰り返した。
この向こうに、ガエリオが居るなんて、まだ、信じられない。
「…、」
静かにドアを開けると、私が帰って来たことに気付いたガエリオが、窓の外を眺めていた視線をこちらに向けて、柔らかく微笑んだ。
日の光に、青い髪の毛が反射して眩しい。
「早かったな。どうだった?」
「ただの怪我だし、特に異常ないって言われたよ」
ベッドサイドに座っていた彼は、私の科白を聞き、「そうか、安心した」と答えると、立ち上がってこちらまで寄って来る。
「…シン、」
「…なあに、ガエリオ」
誰も居ないのに、まるで内緒話をするかのようにお互いの名前を囁き合う。ガエリオはその逞しい腕で私を包み込んだ。
爽やかで優しい、ガエリオの香りが鼻腔いっぱいに広がる。でも、それでも、まだこの光景と感触が夢だったら、と疑ってしまう。
幸せな夢を見た時ほど、覚めた時の絶望は大きい。
「…まだ、信じられないか?」
ガエリオは、私の心境に気付いたのか、優しく問い掛けた。彼の腕の中で小さく頷く。
ガエリオは「そうか」と答えた。
「…本当に、永い間、頑張ってくれたもんな。お前は」
いい子いい子、と言うように、頭を撫でられる。気持ち良いけど、何かちょっと複雑な気分。
「お前が不安になるのも分かる。これからゆっくり、お前の傷を癒していきたい」
「…ガエリオ…」
彼を見上げると、再び微笑まれる。
本当に、これは現実なのだろうか。
こんなに、幸せになってしまって、良いのだろうか。

瞬間、不意に、マクギリスの顔が過る。

「…、」
思わずガエリオから目を逸らす。

そうだ。私は、幸せになんかなってはいけない。

友人を、

奈落の底を見て、
共に駆けてきた、
彼を、
裏切って、
救えなかった。

思わず俯向く。幸せになんか、なって良い訳がない。

すると、ガエリオが軽く私の額を叩く。
「いたっ」
「お前、俺の腕の中に居ながら別の男の事を考えるなんていい度胸だな」
「いや…その…」
ガエリオは「はぁ」と溜息を吐いた。
「マクギリスの事が気になるのは分かる。けど、今はマクギリスより傷を完治する事が最優先だ」
「…、」
「あのマクギリスが相手だからな。これから、嫌という程考える事になるだろう。だから、傷を完治するまでは考えるな。それまで休憩だ。」
「ガエリオ…、でも…」
「でもじゃない。」
ペチン、と再び額を叩かれた。
「お前が不安なのもちゃんと分かってる。マクギリスを早く救いたいんだよな」
子供の頃、マクギリスとずっと一緒に居たのは何気にお前だったし、なんだかんだ言ってマクギリスの事好きだよな、お前は、と言って。
「何言ってんの、全然好きじゃないし。」
「そう言うの、なんて言うか知ってるか?ツンデレって言うんだぞ、シン」
何だか解せなかったけど、取り敢えず言葉を飲み込む。
「…大丈夫。マクギリスは俺達で絶対救う。」
「でも…、そんなに簡単に…」
彼の抱える闇は、同じ絶望を見た私が一番よく分かる。
でも、
分かっていたはずなのに、あの時、マクギリスの瞳を見て、戦慄した。その闇を大きくした要因の一つは、私にある事も感じていた。だから、こんな私が、本当に彼を救えるのか、と、不安で不安で。
ガエリオは「そうだなぁ」と笑った。

「マクギリスを救えなかった時は、今度は二人でタイムリープするか。」

そんな都合良く二人でタイムリープなんて出来る訳ないでしょ。私自身、なんでタイムリープ出来てたのかも分からないのに。と、内心では思うが、ガエリオのその温かい笑みを見たら、何でも出来る気がしてきた。不思議だね。
「…君って、本当に狡いひと」
声を漏らす私。思わずぎゅうぎゅうと彼に抱き着いた。
「お前を元気づける為なら、幾らでも狡くなるぞ、俺は」
ちゅ、と額に軽く口付けられる。
この話はもう終いだ、と言うように、私の手を引いて窓際に移動した。

「シン、ほら、あそこ、見ろよ。向日葵がたくさん咲いてるぞ」
私が病室に帰って来るまで見詰めていたのだろう。早く見ろよ、と手を引っ張って促す彼。
「向日葵…そっか…もうそんな季節なんだね…。」
「工作員やってた時は、気晴らしによくあの向日葵畑に遊びに行ってたな」と続ける。ガエリオは特に何かを言うでもなく、「そうか」と声を返した。
と、ここで、一つの疑問が頭を掠める。
「ねえ、君は、最後のガエリオだよね?」
「ん?ああ、そうだが?」
「私が特殊工作員だったって言っても全然突っ込まないね」
ガエリオは数秒程、無言で考えると、「あー…」と頭を抱えた。
「何か、最初の俺の記憶と、最後の俺の記憶が一緒になったみたいなんだ」
「一緒に?」
ガエリオは「説明しづらいな」と苦く笑う。
「記憶量が二倍になってる。しかも、どれも鮮明に思い出せる。」
「昔、仮眠室の脇にあるシャワールームで、うっかりお前の裸覗いた事もな」と続けたガエリオの背中を無言で一発殴ってやった。なんでそんな余計な事まで覚えているんだ。

「…まあ、最初の記憶だけじゃなく、歴代の俺の記憶もあると言ったらあるが…」
「え、すごいね。でもそれって記憶が二倍どころかタイムリープしてた私と同じくらいの記憶量なんじゃないの?」
「いや、なんと言うか…、最初と最後はパッと思い出せるんだが、その間の記憶は…、あー…、何だろうな…、ああ、そうだ。DVDを選んで再生する感覚に似てるな。その分、思い出すのに気力と体力を使うんだ」
ガエリオは何故か得意げな顔を浮かべて、「お前が目を覚ます前、何回かやってみたんだ」と告げる。成る程、私の自己再生機能が低下したこと以外にも、こんなところでタイムリープの影響が出ているんだな。ガエリオにつられるように苦笑した。
「ほら、もっとこっちに寄れ。また色々考えようとしてるだろお前」
「わかったわかった。もう考えないってば」
ぐいっと引き寄せられ、勢い余って彼の太腿の上に座ってしまう。
向日葵を見ていた瞳は、お互いの顔を映し出す。距離が近い。
直ぐそこにガエリオの体温を感じて、思わず言葉が漏れる。

「…こんなにも…幸せで…良いのかな…」

ガエリオは呆れたように笑った。

「良いに決まってるだろ。」

「…お前は、幸せになっても良いんだ…。これまで費やしてきた時間以上に、幸せになるべきなんだ…。」と、続ける。
そして、意図してやっているのだろう。
私の左手の薬指の指輪に口付けて。

「俺が、幸せにしてやる。」

あの時と同じ科白を。
あの時と同じように。




2016.07.14

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