まるで自分の事のように思い出せる。
あの日。あの時。
“一番最初”に、
シンを好きになり、
恋い焦がれ、
愛した、
あの時間を。


未だに眠ったままのシンを見詰め、優しく彼女の髪を梳いた。
(不思議だな、)
最初と最後が繋がった感覚。それは、俺じゃないけど、確かに俺だった。

幼い頃からずっと、密かに育んでいたこの恋心は、彼女に会えなくなって、その重さに気付いて。
会えない間も、ずっとシンを求めて、いつしか、愛に変わっていて。
(自分の記憶じゃないのに、自分の記憶のように、懐かしい)
最後の俺だけど、最初の記憶も憶えている。
本当に、不思議な感覚だった。
ゆっくりとした動作でポケットの中に手を入れると、中に入っている指輪に優しく触れた。その中には、綺麗に収まるように、一発の銃弾がはまっている。
(ずっと、ずっと、俺と、マクギリスの為に、一人で戦ってくれてたんだな…)
親友のマクギリスが撃ったそれ。シンの渡した指輪が、俺を救ってくれた。そして、同時に、彼女が、ずっとずっと、俺とマクギリスを救う為に戦っていた事を、教えてくれた。
思い返せば、気付く要素は幾つもあったんだ。
あのパーティーで再会した時、シンが妙に性格が丸くなったと感じた事や、アインとあっさり打ち解けた事、カルタと再会した時のシンの軽さ、マクギリスにだけ妙に冷たい態度だった事、…挙げればどんどん出て来る。
「…この華奢な身体で…、永い間、俺達の為に…つらかったな…」
再び髪を梳く。
その艶やかな髪に口付けて。

「早く…目を覚ませよ、シン…。」

刹那、ふと過る最初の記憶。
“あの時”の、俺の言葉が、ずっと、シンを縛り付けていたんだ。きっと。


『がえ、りお…?』
揺らめく光の向こうに、人影が見える。
涙で濡れたその愛しい顔に、精一杯手を伸ばそうとするが、身体が重くて動けない。
意識が朦朧としてきた。
でも、俺は、最期に、どうしても…

『…いやだ…、冗談はよして…』
ゆっくりと俺に近寄る愛しい影。声だけで直ぐに分かる。喧嘩して別れた後、ずっと、ずっと、お前の事ばかり考えていた。
『…シン、か…』
ふっと微笑む。もし、この世に神がいたとしたら、今、この瞬間だけ礼を言う。最期の最期に、愛する女に会わせてくれて。
軋む身体を叱咤し、力なく手招きすると、シンは急いで駆け寄ってくる。
『ねえ…っ、ガエリオ…っ、私…、わたし…っ、!』
シンが何を言わんとしているのか、直ぐに分かった。多分、あの時の喧嘩の謝罪。
『言うな、シン…』
そう言って遮る。
悪いのは俺だ。
『あの時…お前の気持ちを考えずに…怒鳴って悪かった…。俺は…間違っていたんだな…』
『ねえ、待って…、そんなのいいから…っ、早く手当てを…っ、!』
俺は、首を横に振った。シン、そんな事より、もっと聞きたい事が、伝えたい事が、あるんだ。
もう、時間が無いから。

俺は、

ずっと、肌身離さず持っていたそれを、彼女の左手の薬指へ、

『…―――シン、これ…、わすれもの、だ…』

ぬる…、と、俺の血にまみれて。
深緋に輝く指輪。

『…これ、…っ、』

刹那、油断していたシンを有りっ丈の力で引き寄せた。勢いあまって俺の膝の上に座る彼女に、「ふ、」と笑みを漏らす。温かい、シンの身体。
もうじき、俺はお前を置いて逝ってしまうだろう。
だから、最期に。

『…シン、ずっと…、お前に言えなかったことがあるんだ…』

お前を縛り付ける、呪いの言葉を。
初めて交わす、血の味のキスと共に。



『…―――お前を…、愛している…。シン…。』



『…―――いやっ…!いかないで…っ、!ガエリオ…っ!!!』



『…―――ねえ、ガエリオ…っ、私にも…、愛してるって…っ、!ちゃんと…っ、言わせて…っ!!!』



お前の声を聞きながら逝ける事が、せめてもの救いだ。



「…はぁ、」
思わず溜息を吐く。

早く、目を覚ませシン。

ずっと、ずっと、
永い、永い、間、
シンを縛ってきたその言葉から、解放してやる。
そうして、今度は、新たな呪いを掛ける。
もう、苦しいそれなんかじゃない。
永訣を飾るそれでもない。
将来を、共に歩む未来を、
約束する言葉。

“今までの俺”が、
ずっと言えなかったその言葉を、
“最初の俺”が、命を懸けて伝えたその言葉を、

早く、お前に伝えたいんだ。
だから、早く起きろ。
ようやく、
ようやくなんだ。

「…愛してるって…やっと、面と向かって言えるな…。」

本当に、お前は、“最初”から、“最後”まで、“俺”を夢中にさせて、罪な奴だ。


そうして、俺は、シンが目を覚ますまで、ずっと、傍でその寝顔を見詰めていた。




2016.07.12

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