ギャラルホルン火星支部に着いた私たちは、コーラル・コンラッドに迎えられる。
何回も経験したシチュエーションに軽く溜息が出てしまう。
「やあ!遠路はるばるよくきてくれた!ファリド特務三佐、ボードウィン特務三佐」
「お久しぶりです、コーラル本部長」
ガエリオが答えた。コーラルはその隣の私を見て、「えっと…君は…?」と問う。
「初めまして。ファリド特務三佐とボードウィン特務三佐のもとに配属されました。シン・ナルバエスです」
初めましてじゃないですけど。ついでに言うと、あなたが火星支部で色々やっちゃってるのも知ってますけど、と内心だけで薄ら笑いを浮かべた。
コーラルは、「ナルバエス…ああ、あの…」と呟くと、嫌な笑みを浮かべる。分かってはいたけど、孤児院出身のナルバエスの養子となると、結構噂が広まってるんだな。改めて実感する。火星支部でもこの扱いか。
密かに眉根を寄せていると、隣のガエリオが咳払いをする。
(なに?コーラルに対して怒ってくれてるの?)
思わぬ優しさにじんと来る。彼の、出身や育ちで差別をしないところ、本当に好きだし、尊敬する。こんな彼だったからこそ、私は何度でも彼を助けたくなる。どんなに苦しんでも、どんなにつらくても。

「ここは手狭ではあるが、軽い宴も用意してある。ゆっくりと休んで、旅の疲れを癒してくれたまえ」
「お心遣い、感謝します」
「私で力になることなら何でも言ってくれたまえ。必要なデータもこちらで…」
「こちらでの監査は、我々の裁量で行わせていただきたい。お心だけ、頂戴いたします」
バッサリと切るマクギリスに、ウンウンと頷く。ガエリオを殺さなければ、本当にいい友人であり、仲間だったのに。
(でも、どうしたって変えられない)
彼の怒りは深いものだ。何度も何度も、その怒りを鎮めようと試みたが、私にはできなかった。
『…―――私と君は似ている。…君も、この世界を恨んで、怒りの中を歩んでいる。』
タイムリープする前の、“最初のマクギリス”に言われたその言葉が脳裏を過る。
その通りだ。
私と彼は似ていた。似ていたのに。
『…―――シン、これ…、わすれもの、だ…』
(ああ!もう!)
乱暴に前髪を掻き上げて考えることを止める。
今は目の前の事にだけ集中するんだ。

「では、案内しよう」
コーラルの後に続いて行く私たち。
「慌ただしいことだなぁ…。まずいモン隠してますって、顔に書いてある」
ガエリオが小さく囁いた。
(やる事が山積みで、頭がおかしくなりそう)


■■■


頭がおかしくなる前に、物凄く、ガンガンしてる。
(飲み過ぎたあ〜〜っ!)
コーラルの主催の軽い宴も終了し、ふらふらと与えられた部屋に向かう私。ガエリオが妙に優しかったせいか、普段はアルコールを勧められても飲まないのに、ついつい調子に乗って飲んでしまった。
もう真っ直ぐ歩けないし、頭はぼーっとするし、身体は熱いしで散々だった。
「部屋が見つからない…」
おかしいな。さっき案内された通りに歩いたはずなんだけど。
辺りを見回すけど、正常な思考ではないせいか、どこをどう間違ったのかも分からない。
「…眠くなってきた…」
ゴシゴシと瞼を擦る。もうここで寝ちゃおうかな、なんて考えが過ぎった時だった。タイミング良く、目の前にガエリオの姿が見えた。
(ガエリオ!)
酔い過ぎたせいなんだ、きっと。だから、普段なら絶対にしないのに、子犬のように、勢いよく、彼の背中に向かって走って思いっきり抱き着いた。
「うおぉっ!?なんだ!?シン!?」
びっくりして振り向いた彼は「お前、相当酔っ払ってるな!」と言ったあと、私を支えてくれる。
「ガエリオ〜…部屋が分からない〜…」
「さっき案内してもらっただろう!俺の部屋の隣だ!」
「分からないよぉ…さっきからぐるぐるぐるぐる…」
頭がぼーっとする。ガエリオが溜息を吐いたのが聞こえた。
「おら、連れて行ってやるから。しっかり歩け酔っ払い」
「ん〜〜…」
ガエリオの背中にグリグリと額を擦り付けて甘える。良い匂いがする。爽やかなんだけど何処か甘い。私の大好きな、ガエリオの匂い。
「ほら、着いたぞ」
部屋まで案内され、そのままベッドに放り投げられる。もうちょっと丁重に扱ってよ、と
抗議しようと彼の腕を引っ張った。
「ひどい」
「連れてきてやったのにひどいはないだろう?」
「投げないでよ」
「受け身くらい取れるだろう」
「本当にひどい」
ぶんぶんとガエリオの腕を振り回す。彼は「離せ酔っ払い」と冷たくあしらって私の手を振り払う。
「じゃあ、俺は行くからな」
私を見下ろして、その言葉を放つ。
瞬間、私の身体中に戦慄のようなものが駆け巡った。
(…っ、!!!)
…――いくからな、
嫌だ。その言葉、きらい。
聞きたくない。
『…―――シン、これ…、わすれもの、だ…』
思い出したくない、あの光景。
私を責める、あのシーン。
いくなんて、許さない。
半ば本能のように、離されたガエリオの腕を再び掴んで引き寄せた。
「うおっ!?」
予想だにしなかった私の行動に対応しきれず、素直に引っ張られたガエリオは、私の上に覆い被さるように倒れて来た。

「…――だめ…!私を…っ、置いていかないで…っ、!」

と、情け無く縋り付いた刹那的に、
サアッ、と酔いが醒めて我に返る。
(わっ、私っ、!も、もしかして!いや!もしかしなくても!大変なことをやらかしたのではなかろうか!!)
かろうじて保った無表情の奥で滅茶苦茶テンパっている。目の前のガエリオも、突然の私の我が儘に目を見開いて固まっている。
「ごっ、ごめん…今の…無かった事に…」
お酒の勢いとは言え、恥ずかしくなって急いでガエリオの手を離す。彼の胸を押し返して追いやると、シーツを被って隠れた。

…はずなんだけど、

瞬間、バサァッ!とシーツを剥がされたかと思ったら狭いベッドに溜息をつきながらガエリオが寝転がってくる。
「えっ、な、何なの?!」
「行くなって言ったのお前だろ」
「前言撤回したじゃん!」
「そんな顔されたら行けなくなる」
「そ、そんな顔って…」
「うるさい。黙って寝とけ酔っ払い」
グイッと抱き寄せられて、ガエリオの胸に頬が触れる。温かい。

「…今日は…、特別に…、添い寝してやる。」

上からの物言いなのに、とても優しい言葉だった。
私は、込み上げる何かを我慢するように、ギュウギュウと彼の胸元にくっついた。
分かっているのかそうでないのか、彼は私の髪の毛を優しく梳いて「世話の焼ける女だ」と囁く。

「ガエリオの…心臓の音が聞こえる…」
「そりゃ当たり前だろう。生きてるんだからな」
その科白に、息が、出来なくなる。
ガエリオに、見られないように、静かに顔を隠した。

つう、と涙が頬を伝う。

「…そうだね…。…生きてる…っ、…ちゃんと…、生きてる…っ、」

少し早い、ガエリオの心臓の音。
私は、寝たふりをしながら、いつまでも彼の胸の鼓動を聞いていた。



2016.04.13

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