…――この据え膳を前にして一晩耐え切った俺は凄いと思う。

腕の中で安心したかのように眠るシンの姿を見てそう思った。今、無性に誰かに褒めて欲しい。
アルコールが入っているから直ぐに寝るだろうと思っていた俺の予想に反し、シンはなかなか寝ないで俺の胸の辺りにギュウギュウくっついていた。しかも結構長く頑張って起きてやがる。寝たふりしてたのバレバレだからな。
(そんなに俺の胸に頬を寄せて何になるのか分からないが)
一時間程した頃だろうか。漸く寝たシンに、安心して俺も寝ようと試みたのだが、恋い焦がれている女が自分の腕の中で寝ている緊張からか、短くて浅い眠りを繰り返しただけで、俺は全然眠れなかった。
そう言う経験が無い訳じゃあるまいし、と言い聞かせて冷静になろうと頑張ったが、それも無意味に終わる。

で、そのまま朝を迎えてこの有様だ。

(あんなの卑怯だろ…)
正直、酔っ払ったシンの破壊力は半端なかった。あの酔っ払い方は反則だった。
俺の腕を引っ張って離れようとしない。敢えて冷たくあしらったのにしつこく引っ付いて来る。挙げ句の果てには縋るように「行かないで」ときた。
思い出すだけで、身体中を電気が走るような感覚に襲われる。

酔ったシンが飛び付いて来たのが俺で本当に良かった。他の男なら絶対食われてた。
と言うか斯く言う俺も食う寸前まで何回かいった。
(ギリギリ耐えたけどな)
眠ったままのシンの髪の毛を梳く。シャンプーの匂いだろうか。爽やかな柑橘系の香りがする。
「まったく…困らせやがって…」
起こさないように前髪を寄せると、その額に唇を当てる。

「一晩我慢したんだからこれくらいは許されるだろ」

はあ、と、色々な思いを込めて盛大に溜息を吐き出す。すると、「ん、ぅ…」と、軽く身じろぎをするシン。
(ん、起きるのか?)
ジッと見詰めていると、ゆっくりと目を開いたシン。ゴシゴシと目を擦って瞬きを数回。
俺と目が合う。

「…っ、ガっ、!ガエリオッ!!」
何で此処に居るの!と言いたげに勢いよく起き上がったシン。これは記憶が無いパターンだな、と小さく苦笑した。
「お前、昨日の事、覚えてないのか?」
「き、昨日…?!宴の途中から記憶が曖昧で…っ!」
自分の服と俺の服を見る。乱れが無い事を確認したシンは、取り敢えず安心したらしい。
再びベッドに沈んで、俺の横に寝転がる。
「酷く酔っ払ってたぞ。なかなか離れなかったから、特別に添い寝してやった。有り難く思え」
「う、うん…。ごめん、ありがとう…」
「二日酔いは無いか?」
「…う、ん。大丈夫だよ」
ガエリオが添い寝してくれたからだね、と、冗談なのかそうで無いのか、力無く笑って告げる彼女。その笑顔を見て、もしかして、酔ってなくてもこいつは危険かもしれない、と密かに思う。
「取り敢えず、起きたならさっさと準備しろ。マクギリスが早朝からデータの整理をすると言っていたからな」
「うん、わかった」
寝起きだからだろうか、僅かに回っていない呂律。本当に、よく我慢出来たな、俺は。
今後、こういうのは勘弁して欲しい。
(お前の事、大切にしたいんだよ)
どうか、俺をオオカミにしてくれるな。

「俺は先に行くからな。早く準備しろよ」
「はーい」と間延びした返事を背に、俺はシンの部屋を出た。


「…――っ、!マクギリス!」
何というタイミングか。部屋を出た瞬間、マクギリスと鉢合わせた。
驚く俺。
マクギリスも目を見開いたが、直ぐに「成る程」と言葉を洩らす。
「夜中にガエリオの部屋を訪ねたら反応が無かったんだが…そう言う事だったのか」
「勘違いするなよ。手は出してない」
「ほう…?」
疑うように俺を覗き込んだマクギリスは、何処と無く楽しそうに見えた。
「昔からシンに恋い焦がれてたからな、ガエリオは」
「う、うるさい!」
「君がことごとく縁談を断っていた理由が漸く分かった」
「笑いたきゃ笑えよ」
こんな淡い恋心を引き摺ってずっとシンに焦がれていたなんて。いい歳して。
マクギリスは微笑んで「いいんじゃないか?」と言う。
「今度は見失わないようにしなければな」
言われなくても。
シンの気持ちがどうであれ、もう、二度と、シンを手放すつもりはない。

『…大切なひとが、出来て…変わったんだよ』

突如フラッシュバックするその科白。
(一筋縄ではいかないだろうな…)
俺は小さく溜息を漏らした。



2016.04.16

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