「しっかし火星かぁ。植民地としては旨味を吸い尽した出がらしみたいな星だ。ギャラルホルン本部の監査官様が直々に出向く必要があるのかぁ?」
そう言った俺の声は妙に艦内に響いた気がした。
隣のシンが僅かに眉を顰める。何だ、文句があるなら口で言え。俺はシンを見下ろしたが、彼女は「はあ」と意味深長に溜息をついただけだった。

「辺境任務は退屈か?ガエリオ」
「まさかぁ。監査部付きの武官として、仕事はキッチリやるさ、マクギリス特務三佐殿」
与えられた仕事はキッチリこなして見せる。何事も手を抜くのは好きじゃない。
「ナルバエス一尉もな」とふざけた調子でマクギリスが告げると、シンは再び小さく溜息を漏らした。何だ。今日はやけに冷たいな。
俺は流し目でシンを見据える。
最近ずっとこいつの近くに居たからだろうか。今日は、シンの夢を見た。
初めて俺たちが出会った、あの時の夢を。

『カルタ〜〜、降りて来てよ〜〜』
その日も高い高いあの木の上に登って行った幼馴染みを見上げ、俺は情けなく叫んでいた。カルタは「ふん!」と外方向いて俺の言うことを聞こうとはしなかった。マクギリスも手を貸すつもりは無いらしく、ずっと本を読んでいる。
数分程、俺とカルタの攻防が続いたが、なかなか彼女は降りて来ない。
「ねえ〜〜カルタ〜〜」と、いよいよ本格的に困り出した時だった。

『また奴らだ!!捕まえろ!!』
『あっちに逃げたぞ!!』
この屋敷まで聞こえてくる大声。塀の向こうで何かが起こっているようだった。
怒鳴り散らす大人の声。バタバタと聞こえる複数の足音。その余りにも聞き慣れない声と音がどうしても気になって、先程までカルタを下ろそうとしていた事も忘れ、急いで木に登って行く。
マクギリスも俺と同様に気になったらしく、ビックリするくらいの速さで木に登ってきた。

『この泥棒ネズミめ!!』
見えたのは、般若の如き形相を浮かべた男と、前を逃げる俺たちと同い年くらいの三人組。
その手には、たくさんの林檎が抱えられていた。

『シン!!このままじゃ追いつかれるよ!!』

女の子が叫ぶ。そいつに、シン、と呼ばれた彼女は、何か現状を打破するものを探して辺りを見回す。
逃げられないだろうな、と、客観的に思った。あるのは、恐らく昨夜辺りに盗まれてそのまま捨てられたのであろう鍵のささっていないバイク一台と、ひん曲がった鉄パイプが一本。
ファリド家の敷地の近くだからだろうな、それ以外はゴミすら無かった。
木の上から見物してた俺は、助けることもせず呑気に自分だったらどうするか考えていた。林檎を諦めて、あの鉄パイプで応戦するのがいいとこだろうか。
『今日は逃げようぜ!!こんなに林檎持ってたら捕まっちまう!!』
もう一人の男の子も俺と同じ考えだったのか叫ぶ。
シンは、眉間に深い皺を刻んで再び辺りを見回す。
『だめ。今日は絶対に林檎を持っていく。あの子の誕生日くらい、好物を食べさせたい』
その声には、強い意志が表れていた。
どうにかならないか、と、彼女は、地面を見て、横を見て、塀を見て、空を見上げた。

…―――刹那、目が合う。

力強い瞳。
逞しく生き抜こうともがいているその瞳が、ビックリするくらい俺の心に刺さった。


今も鮮やかに覚えている。
今思えば、俺は、あの時、既に、シンに心奪われてしまったんだろうな。

(そしてそのあとの衝撃がな…)
まさか、転がっていた鉄パイプで、動かないバイクのシートを乱暴に剥がし、無数のコードの中からメインコードを見つけてバッテリーと直結して無理矢理エンジンかけるなんて思わないだろ。
そのまま三人でバイクに跨って逃げたもの衝撃的だったし、強烈に印象に残った。妙に手慣れたそれが、まるでアクション映画のワンシーンを見ている様で。
そして、その様子を見た俺たちは、いたくあいつを気に入ってしまい、聞こえてきた「シン」の名前を頼りに必死であいつを探し出した。
あの頃が懐かしい。

「にしても、随分と大人しくなったな、お前は」
「急になに?」
ジトッと見上げるシン。あ、今のは昔の面影があった。
正直、ボードウィン家の嫡男として、縁談やらお付き合いやらは今まで何回もあった。こいつと結婚させられるんだろうな、と思った女もいたが、シンほど、俺の心に残った女は居なかった。

「確かに、ガエリオの言う通り、あの頃と比べたら随分と変わったな」
マクギリスも俺の言葉に頷く。「余程教育熱心だったのだろうな、ナルバエス家は」と続けた。
(ナルバエス…か?)
俺はシンを見下ろしながら考える。こいつはナルバエスには滅多に帰らないと昨日聞いたばかりだ。それに、教育だけであの強烈な性格がなおるのか。
それを聞いたシンは小さく苦笑した。
そして意味ありげに胸元に手を当てる。
(何だ?そこに何かあるのか?)
じっと見つめるがよく分からない。が、「私は…」と、小さく呟いたそれは、隣の俺には辛うじて届いた。

「…大切なひとが、出来て…変わったんだよ」

心臓が軋む。
シンは、一体、何個、俺の知らない表情を持っているのか。
(誰なんだよ…大切なひとって…)
俺は、シンを見ない様にしながら、乱暴に前髪を掻き上げた。



2016.04.12

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