「お前、今日急にここに配属されたにしては妙に仕事に慣れてる感じがするな」
俺は、仕事を終えて、帰りの支度をしているシンに向けて言う。素朴な疑問だった。
「ああ、うん、前に似たようなことやってたから」
「へえ、」と漏らす。詳しく聞こうとすると、シンは歯切れのよくない言葉を返して有耶無耶に誤魔化してしまう。今日一日、ずっとシンと居て思ったのだが、シンは、俺たちの前から消えていた間のことは、あまり話したがらない。
(まあ、昔から自分の事は話したがらない性格だったが…)
更にひどくなったような感じがする。
俺は小さく溜め息を吐く。

「そういや明日はどうする?俺が迎えに行くか?」
ハッと思い出して言葉を紡ぐ。実は、明日から俺たちは火星に行かないといけない。
今日付けで俺たちの下に配属されたシンも、急遽火星にお供する事になり(と言うか、そうさせた)、あまりの強引さにシンは今日一日、若干不機嫌だった。流石にもう機嫌は直っているようだが。
「迎えに来なくていいよ。自分で来れる」
「本当か?楽しみ過ぎて寝坊するなよ」
「仕事に行くのに楽しめる訳ないじゃん…」
「マクギリスは張り切っておやつを選んでいたぞ」
「うわ…」
割と本気で引いているシンに、ふっと笑う。こうして何気ない会話をするのも何年ぶりだろうか。
「お前はおやつ持っていかないのか?」
「うーん…」
シンは、少し考えるような素振りを見せる。そのまま数秒程考えていたが、急に思い出したかのように「あ、!」と声を漏らす。
「林檎…買わなきゃ」
「林檎?お前、おやつに林檎を持って行くのか?と言うか林檎はおやつに入るのか?」
「ううん?おやつじゃなくて…」
と、そこまで言って、言葉を止めるシン。そして、何回か見た事のある、あの悲しげな笑みを浮かべた。
「ごめん、ちょっと用事思い出しちゃったから先に帰るね」
俺の事を見上げて、申し訳なさそうに告げる。別に構わないが、なんかまたはぐらかされたような気がした。
(幼い頃から知っている俺にすら、言えない事なのか)
そんなに悲しい笑みを浮かべるくらいなら、誰かに、俺に、吐き出してしまえばいいのに。
一瞬の恐怖が身体を駆け巡る。このまま何も吐き出さなかったら、シンは、壊れてしまうのではないか。
「じゃあ、また明日」
俺の心境にも気付かず、シンはにっこりと笑いながら手を振り去って行く。
俺は、その後ろ姿を暫く見詰めていた。

「…そう言えば…、」
彼女の背中が見えなくなりそうになった時、俺は、ふと、ある事を思い出す。
(…林檎…確か、あいつが孤児院に居た時…)
上着を羽織り、俺はシンに気付かれないように、急いで彼女の後ろ姿を追いかけた。



2016.04.07

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